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Last Chapter
④
しおりを挟む「……といっても、僕はもう絶対にきみを、逃しも離しもしないけどね」
そう言って、恭介はあの「黒い笑顔」を復活させた。
「僕はね、きみが一回離れて行きそうになったときに、思い知ったんだよ。きみのいない僕の人生なんて考えられない、ってね……」
恭介はワインレッドのジュエリーケースから、ゴールドのアームに1カラット以上のエメラルドカットのダイヤモンドが輝く婚約指輪を引き出した。
「だから、もういい加減……ずーっと僕をきみの傍にいさせてよ?」
そして、麻琴の左手を取ってその薬指にぐーっと嵌め込む。
「ちょ、ちょっと……恭介さんっ⁉︎」
「すごい、サイズぴったりだ!麻琴はヘレナおばあさまと背格好が似てるから、もしかしたらって思ってたけど……」
——いやいやいや。シンデレラの靴じゃあるまいし……
「やっぱり——きみは僕の運命の人だったんだね‼︎」
——一回落ち着いてよ、「王子様」!日本のリングサイズで十一号の女性なんて、世界中に腐るほどいるからっ⁉︎
「大きさはわからなかったから、合わなければサイズ直しに出そうと思ってたんだけど。これなら、今から死ぬまでずーっと毎日つけていられるね!」
——い、『今から死ぬまでずーっと毎日』……っ⁉︎
確かに、海外では普段から婚約指輪と結婚指輪を重ねづけしてる人がいるとは聞くが……
「あ、もしかして、面識のない故人の外国人がつけていたものって抵抗ある?だったら、麻琴が気に入った新しいのを買い直すよ。でも、僕としては祖母のリングを、形だけでも麻琴に受け取ってほしいんだけど」
「ええぇっ⁉︎『買い直す』なんて、とんでもないっ!」
麻琴が思わず叫ぶと、
「ありがとうっ!亡くなった祖母もきっと天国で喜んでるよ‼︎」
恭介は感激の面持ちで麻琴を引き寄せた。
——ちょっと、ちょっと、待ってえぇーーーっ!
そのとき、麻琴はあることを思い出した。
「あ、そうだわっ。きょ、恭介さんっ、わ、わたし……大阪に転勤する話があるのっ!」
麻琴は恭介からぎゅーっと力いっぱい抱きしめられながら、搾り出すように言った。
「……えっ?」
恭介の腕の力が緩んだ。
「実は上司から、製品デザインよりも人材管理の方が向いてるんじゃないか、って言われて。その上司が半年後に大阪に転勤になるので、一緒に来て管理職としてのスキルを上げてみないか、って打診があったんです。そのために、しかるべきポストも用意してくれるそうなので、わたしにとってはチャンスなんです」
まだ具体的に大阪へ行くと考えているわけではないが、麻琴は結婚だけが人生だと思っているわけじゃなくて、一応キャリアアップも目指している女なのだ。
激務である医者には、不規則な生活環境を整えてくれる妻が最適であろう。もしくは、同業者の女医や看護師などのように、仕事の実情をしっかり把握している妻とか、と麻琴は思った。
——だから、わたしには、到底無理だわ。結婚したところで、新婚早々、わたしが大阪へ単身赴任になるじゃない?遠距離になって、夫婦関係が破綻して、離婚するのが目に見えてるわ。それこそ……守永さんと瑞季の二の舞よ。
守永は元妻と結婚していたとき、単身赴任をしていた。
「ねぇ……それって、まさか『あの上司』じゃないよね?」
いつも人を喰ったみたいに軽やかな恭介の口調が、なぜか突然、地を這うかのごとく低ーい声に豹変した。
もちろん、守永のことを言ってるのだ。そして、ビンゴだ。
——なんだか、イヤな予感しかしないんだけれども……
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