真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

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Chapter 7

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「わたしのアメリカ人の友人で、『このまま愛するひととの出会いなんか待ってたら、母親になれる時期をとっくに通り過ぎちゃうわ』って言って、四〇歳のときに精子バンクで『調達』して人工授精で子どもを産んじゃった人がいるのよ」

   礼子はワイングラスをくるくる…とスワリングする。

「バリバリのワーキングウーマンで、経済的にはシングルマザーでも全然大丈夫そうで、本人は『産んでよかった』ってすっごく充実してるから、幸せなんだとは思うんだけど。……でも、そうやって生まれてきた子どもはどう思うのかしらね?まぁ、まだ幼稚園キンダーだからねぇ。思春期くらいになると、どうなっちゃうのかしら?」

「……以前、確かカナダのテレビかで観たんですけどね」

   麻琴が、礼子の話を聞いてふと思い出したことを話す。

「精子バンクによって生まれた人が、同じ『父親』から生まれた『異母兄弟姉妹』を探すのですが、十人近く見つかったんですよ。そのあとそれぞれに連絡を取って、同意した数人と一緒に、今度は『父親』を探しに行くんです。ドラマではなくて、ドキュメンタリーなんですよ」

「えーっ、それでどうなったの?」

   礼子が身を乗り出して訊く。

「見つかった彼らの『父親』は、大学生だったときにボランティア感覚で精子バンクに提供をしただけで、父親の自覚なんてカケラもなく『子どもたち』に会うことすら拒否しました。彼はすでに結婚して妻子がいて、今の『家庭』に波風を立てたくないから勘弁してほしい、という手紙だけを送ってきました」

   話をするうちに、麻琴の脳裏に細かなディテールが甦ってきた。

「『父親』は当時理学系の優秀な学生で、現在はその方面の教育関連の重職に就いているそうですが、精子バンクを経て生まれた『子どもたち』も学校の教師やIT関係・建築家などの職に就いていて、みんな学生時代から数学が好きで得意だったと言っていました。そして、なんといっても……似てるんですよね、母親は違っても、異母兄弟姉妹の顔立ちが」

「それって『父親』の面影よね?……やっぱりDNAって、断ち切れるものじゃないってことなのねぇ」

「『子どもたち』はすべてを『冷静に』受け止めていましたね。もしかしたら、初めから覚悟して参加していたのかもしれません」

「きっと、そこに至るまでに『子どもたち』のそれぞれに、とてつもない葛藤があったはずよ」

「『子どもたち』は『父親』の対応は残念だけどその心情はわからなくもない、と言い、見ず知らずの男の精子で子どもを産んで、たった一人で育ててきたそれぞれの母親に対しては感謝を述べ、今回初めて会うことのできた『兄弟姉妹』には純粋に『会えてよかった』と互いに言い合っていました。ひとりっ子の人たちばかりですしね。ちなみに『子どもたち』の中には、結婚して自然妊娠で子どもをもうけた人もいたんですよ」

「ふうん……もし、その親が精子バンクを通じて生まれなかったら、その子どもも生まれてこなかったかもしれないのね」

   礼子はグラスの中のワインをちびり、と呑む。

「それにしても、父親って何なのかしらねぇ。男の人は精子さえ搾り出せば、父親になれるものね。しかも、いくつになってもよ?うちの社長——彼なんか五〇代だけど、まだ父親になれるのよ?オンナはそんな歳まで、とても子宮が保たないわ。母親にはもうなれない」

「倫理観はひとまず置いておいて、もし卵子が劣化していなければ、代理母に産んでもらう方法もありますが、いくら自分のDNAが引き継がれるとわかってはいても、やっぱり自分のおなかの中で育てて自力で産み出したいですよね」

   麻琴はしみじみとつぶやいて、ボ◯モアを舌に湿らせる。

「彼ったらね、『結婚したら、子どもは礼子がほしければでいいよ』なんて言うのよ?あの人にはもう別れた奥さんに子どもがいるからね。別にわたしとの子どもなんて、いてもいなくてもいいのよ。ただ、ビジネス上のパートナーシップをより強固にしたいために、プライベートでも『契約』を結ぼうってことじゃないのかしら?……腹が立つったら」

——それは、なんだか……寂しくて、哀しくて、虚しいわね……

   いくらリミットが迫っているからといっても、そんなひとと結婚して子どもをもうけても、それこそ離婚してしまうんじゃないか?と麻琴は思った。

「だからね、彼からのプロポーズの返事は保留にしているの」


「……きみから、そんなふうに思われていたなんて、心外だなぁ」

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