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Chapter 6
⑤
しおりを挟む芝田はオーダーの伝票を掴んで立ち上がった。
「……そしたら、おれ仕事あるし、そろそろ行くな。クリエーターが決まったら、また連絡するわ」
「あぁ、淳、ありがとう。ご足労かけるわね」
麻琴は頭を下げつつも、芝田の手から伝票をひょい、と取った。
「それと、これは……こちらで。仕事の打ち合わせですもの。経費で落とすから、気にしないで」
「そうか、悪いな。それじゃ、遠慮なく。それから……」
芝田は松波に向き直った。
「おれと麻琴は美大時代からの腐れ縁です。出逢ってからずっと、彼女の幸せを望んできました。一時期は、おれ自身の手で実現させたいと思ったんですが……無理だったので」
そこで、芝田は一瞬、なんとも言えぬ切なげな表情になった。
「でも、おれとのことが、麻琴がこの歳になってあなたと出逢って、幸せになるために必要なことであったのなら……」
芝田は少し寂しげな表情で、ちらっ、と麻琴を見た。
「『捨て石』になったおれの方も……報われます」
——あ、あの? ちょっと、待って?なんで淳が『捨て石になっ』てるの?
「うん……今の君の言葉、しかと肝に銘じるよ」
松波はその灰緑色に輝く瞳に、ぐっ、と力を込めて断言した。
「僕の人生をかけて、絶対に、麻琴をしあわせにするからね」
——それに、こんなところで急に、松波先生に『僕の人生をかけ』られても……
麻琴の脳の記憶中枢には、松波からのプロポーズをお受けした記憶どころか、おつき合いすることを承諾した記憶すら……
——キレイさっぱり、どこにもないんですけれども……?
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「The first blow is half the battle.」
芝田が去ったあと、松波はそうつぶやいて、にやりと笑った。
普段のさわやかさとは真逆の、信じられないくらい「黒い笑顔」だった。
——初っ端の一撃が勝敗の半分を決める? あぁ、「先んずれば人を制す」「先手必勝」ってことか。
「この前も、こうしとけばよかったんだよなぁ。まぁ、No fish is caught twice with the same bait.ってことで」
——「同じエサに二度釣り上げられる魚はいない」って、もう「同じ轍は踏まない」ってこと?
「亡くなったイギリス人の祖母が、格言好きだったもんでね」
「……松波先生、わたし、いつからあなたの『婚約者』になりましたっけ?」
麻琴は松波を、ぎろり、と睨んだ。
オーダーしたエスプレッソを飲みながら、松波はしらじらしく「ん?」と麻琴を見る。
「そんな麻琴の怒った顔もかわいいけどね。そういうかわいくないことを言ってると、逃した魚は大きい、って後悔することになるよ?」
祖母が淹れた本格的なミルクティの味を知る彼は、こういう場ではコーヒーにするようにしている。中途半端に淹れられた紅茶よりもエスプレッソマシーンのコーヒーの方が、よっぽど美味しく感じるからだ。
「それよりもさ……麻琴って妻帯者が好きなの?」
——はぁ⁉︎
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