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Chapter 6
②
しおりを挟むきっかけは、麻琴が(株)ステーショナリーネットに就職して、配属先が大阪支社になったことだが、麻琴はそこで——魚住に「出逢って」しまった。
最初から最後までまったくといって見込みがなかったにもかかわらず、麻琴は「初めての恋」に夢中になった。
今まで芝田に抱いていた思いが「恋」ではなかったことを、はっきりと知った。
もう魚住のことしか考えられなくなった麻琴は、東京で待つ芝田に別れを告げた。
そしてその後、魚住に大失恋してしばらく荒れた生活を送り、さらに数年後には本社に転勤となって東京に戻ってきたが、麻琴は芝田とは一切、連絡を取らずにいた。
麻琴はそのとき、不毛なセフレの青山に「二度目の恋」をしていた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「お忙しい新進気鋭のグラフィックデザイナーさんをお呼びたてして悪かったわね。今日来てもらったのは……」
麻琴は早速クリムゾンレッドのタブレットを操作して、本題に入ろうとする。
「待てよ、麻琴」
芝田が左手を伸ばして、そんな麻琴を制する。
だが、しかし——その薬指には、ゴールドに輝く指輪があった。
現在の芝田には、五歳下の妻とかわいい二人の子どもがいた。
三〇代半ばの、見た目が極上なうえに仕事も絶好調という男に、妻子がいない方が奇跡というものだ。
芝田の妻の父親は、彼が師事するグラフィックデザイナーで、業界内では大御所だ。
そして、美大を卒業してからずっと勤務しているデザイン事務所の社長でもある。よほどのことがない限り、娘を溺愛する師匠は「娘婿」を次期社長にするだろう。
もちろん、芝田の才能を見込んだからこそ、当時女子大を卒業したばかりの愛娘との結婚を許したのだが……
東京に帰ってきた麻琴が芝田と連絡を取らずにいたのは、青山とのことがあった以外に、彼が家庭を持ったことを学生時代の友人によって知らされていたから、というのもある。
「結婚したんですってね。お子さんも生まれたって聞いたわ」
麻琴はにっこりと微笑んだ。二〇代の頃にはなかった、落ち着いた内面からにじみ出るような深い笑みだった。
「淳……おめでとう」
だが、それと引き換えに、あの頃の溌剌とした弾けるようなみずみずしい笑顔は影を潜めた。
「おれは今でも……『おれの妻』だと紹介できる女は、麻琴……きみがよかった、と思っているよ?」
芝田はふっ、と気の抜けた笑みを浮かべた。
——はぁ⁉︎ 冗談じゃないわ。勤め先の社長の、大学出たてのお嬢さんと結婚して、二人の子どもをもうけたくせに……
——今さら放り出せると思ってるの?グラフィックデザイナー界のカリスマを敵に回すつもり?業界から「抹殺」されるわよ?
それに……
——妻子をほっぽり出す無責任な「薄情男」なんて、こっちから願い下げなんだけれども。だって、「明日はわが身」じゃない?
「仕事の話をさせてちょうだい。わたし、今……」
麻琴はそう言って、強引に話を進め始めた。
芝田は苦笑して肩を竦めたが、結局は麻琴の話を聞く羽目になるのは目に見えていた。
あの頃も、そうだったからだ。
いつまで経っても、彼は麻琴に弱かった。
芝田にとって、麻琴に対する想いは間違いなく——「恋」だった。
しかし、今日麻琴が何年かぶりに芝田に会おうと思ったのは、新しい企画として進行しているフレームの「中身」をだれに任せればいいのか、相談するためだった。
すでに広告媒体でヒットを飛ばしている彼なら、これから「来る」人材を紹介してくれるかもしれないと考えたからだ。
——使えるモノなら、元カレでもなんでも、どんどん使ってやるわ。
今の麻琴には……「仕事」しかなかった。
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