真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
42 / 76
Chapter 6

しおりを挟む

   テレ◯ムセンターに入居する会社からほど近い、ドイツ発祥の自動車ブランドが営むカフェで、麻琴は流線型の美しいフォルムの車を眺めながら、彼を待っていた。

「……麻琴、ごめん、待たせたな」

   やや遅れてやってきたその人は、麻琴の正面のチェアに腰掛けると、オーダーを取りに来た店員にアイスコーヒーを頼んだ。すでに麻琴はエスプレッソを飲んでいる。

   毛先を遊ばせたアッシュグレーの髪にオ◯バーピープルズの五〇五のメガネを掛けた彼は、モデルばりの長身の身体からだに杢グレーのVネックのコットンニット、そして黒いジャケットと黒いアンクルパンツを纏っていた。

  いかにも何気なく見える着こなしだが、実は頭のてっぺんから足の先までこだわり抜いたコーディネイトであることを、麻琴は知っていた。

「ひさしぶりだな、どうしてた?ずいぶん前に東京に戻ってきてたくせに、ずっと音沙汰なしだろ?」

   麻琴の瞳をじっと見つめて……

「……おれは、きみに逢いたかったのにさ」

   そんなことをささやくこの男は——麻琴が美大時代につき合っていた、芝田しばた あつしだ。

   いわゆる……「初めて」を捧げた相手である。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   中高時代から男友達は何人もいたが、彼らは常に麻琴を「高嶺のお姫さま」と崇め奉っていた。
   だから、麻琴が男の人と本格的につき合ったのは美大に入ってからだ。

   ある日学生食堂で、同じ学年ではあるがグラフィックデザイン専攻の芝田が、プロダクトデザイン専攻の麻琴に声をかけてきた。

   恵まれた容姿と在学中から周囲より頭一つ抜き出た才能で、彼は目立つ存在だったから麻琴も名前と顔くらいは知っていた。

   そんな芝田に突然話しかけられたのにはびっくりしたが、芸術に関する専門知識が半端なく豊富でおもしろそうなひとだと思った麻琴は、誘われるまま彼と二人っきりで呑みに行くことにした。

   そして、呑みに行ったその夜、(都内に実家があるにもかかわらず)一人暮らししていた芝田の部屋に「お持ち帰り」された。
   当時から酒で潰れたことのない麻琴だったから、半ば合意の上での同意だ。

   中高時代からモテまくっていた芝田は、すでに経験豊富だったため、麻琴はとてもやさしく大事にしてもらいながら処女を「卒業」することができた。

   麻琴の処女をもらった芝田は、終わったあとものすごく感激していた。(どうやら麻琴が未経験であるとは夢にも思っていなかったらしい。)

『生半可な気持ちで抱いたわけじゃない。ラブホに連れ込むんじゃなくて、うちに連れ帰ったのも麻琴が初めてだ。……きみとちゃんとつき合いたい』

   そう言われて、麻琴は彼に「同類」と思われていたことに多少は憤慨しながらも、憎からず思っていたのは確かだったので承諾した。

   芝田とつき合うようになって、麻琴はずいぶん「楽」に日常生活を送れるようになった。

   気を引くつもりなんてカケラもないのに、麻琴が「普通に」話しているだけで、中には「誤解」してストーカーもどきになってしまうやからがいたのだ。

   だけど、絵に描いたような「美男美女」の間に割って入ろうとする向こう見ずな者は、皆無に等しくなった。それは芝田の方にも言えた。

   麻琴と芝田は、みんなが認める「ベストカップル」として大学時代を送った。
   機械が苦手な麻琴に根気強くAut◯CADを教え込んだのは、彼だ。

   だが——そんな二人にも別れのときが来た。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

『マヨイの森、人生』の 相談エリアの真宵菊陽の一日

暗黒神ゼブラ
現代文学
これはとあるバーの人生相談エリアを担当している真宵菊陽の一日である。 表紙にAIイラストを使っています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

きみは運命の人

佐倉 蘭
恋愛
青山 智史は上司で従兄でもある魚住 和哉から奇妙なサイト【あなたの運命の人に逢わせてあげます】を紹介される。 和哉はこのサイトのお陰で、再会できた初恋の相手と結婚に漕ぎ着けたと言う。 あまりにも怪しすぎて、にわかには信じられない。 「和哉さん、幸せすぎて頭沸いてます?」 そう言う智史に、和哉が言った。 「うっせえよ。……智史、おまえもやってみな?」 ※「偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎」のExtra Story【番外編】です。また、「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレも含みます。 ※「きみは運命の人」の後は特別編「しあわせな朝【Bonus Track】」へと続きます。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...