真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
41 / 76
Chapter 5

しおりを挟む

「……礼子のこと、知ってるんだ?」
   松波の目が少し見開かれた。

「面識はありませんよ。彼女は芸能人並みに有名な方ですから、わたしが一方的に存じ上げているだけです」
   麻琴は淡々と答えた。

——あぁ、そうか。これが彼の言いたかった「話」だったんだわ。

——なのに、わたしったら逃げまくっていて、ほんと……バカみたい。


「松波先生、お話はよくわかりました」

——結局、あなたもそうだったってことよね?

   再会したかつて好きだったひとに、あっという間にかっ攫われてしまうというパターンは、麻琴にとって「地雷」以外の何物でもない。

   魚住や青山のときに味わった苦くてくるしい想いが、沈めたはずの胸の奥底から甦ってくる。

   今度は松波によって、真っ正面から踏まれたうえに、こっばみじんこに粉砕されてしまった。
   そして、その地雷によって吹っ飛ばされたのは、踏んだ松波ではなく麻琴だった。

   にもかかわらず、麻琴は自分の中のプライドを根こそぎひっ掻き集めて笑顔をつくった。

「本当に、わたしのことは気になさらなくて結構ですよ」

——どうぞ、お二人なかよく、永久とこしえに、お幸せにっ。

   その笑みは、CMで活躍する女優たちよりも、パリコレのランウェイを歩くモデルたちよりも、華やかで美しかった。

「えっ、ちょっと、待って……」

   その輝きをまともに喰らってしまった松波が、少しあわてた様子で言い淀む。

「仕事が立て込んでますので、失礼します。……残業もできませんしね」

   華やかな笑顔を貼りつけたままピリッと皮肉も盛り込みながら、麻琴はさっさと医務室をあとにしようとした。
   貴重な業務時間を費やして、こんなプライベートな話をしているヒマはないのだ。


「きみばかりが傷つくような恋愛を……僕は応援するわけにはいかないんだよ」

——えっ?

   麻琴は松波の方へ振り向いた。

「この前、あの店できみが一緒にいたひとって、きみの上司だよね?」

——守永さんのことかしら?

「きみと会う約束を、突然キャンセルした僕が言えた義理じゃないけどね」

   松波の端整な顔が、ふにゃりと情けない顔になった。

「……速攻できみが違う男を連れてあの店にいたのには、ショックを受けたよ。しかも、あの彼だしね。だから、ぼおっとして頭が回らなくなって、なんにも言えなくなってしまった」

——はぁ⁉︎ 自分のことを棚に上げて、なにを言ってるの?

「まぁ……僕の気持ちはひとまず置いといて」

   しかし、また元の引き締まったイケメンに戻る。

「あのとき、彼が結婚指輪をしてるように見えたんだけど、もしかして——妻帯者なのかな?」

——あんな一瞬すれ違っただけで、よく見えたわね?

「礼子が気がついたんだよ。あいつ、職業柄すぐ目が行くからね」

——あぁ、そうですか。なるほどねっ。

   二人して、麻琴が妻帯者と不倫しているのだと思ったのだ。
   もしかしたら、「やさしい」二人は麻琴のことを「心配」してくれているのかもしれない。

——そんなの、大きなお世話だわ。


   しかし麻琴には、自分と守永とが結びつけられる理由がさっぱりわからなかった。

——それに、元カノと元サヤに収まるあなたに、わたしの恋愛の「応援」なんか、してもらいたくないんですけれども。

「守永さんに奥さんがいるかどうかなんて、わたしにとってはどうでもいいことです」

——だって、守永さんとわたしは、ただの「上司」と「部下」ですもの。

「そんなことよりも、わたしがだれを好きになって、どんな恋愛をしたとしても……」

   麻琴は松波の方に向き直って鋭く見据えた。
   彼に対して、こんなふうに険しい目を向ける日が来るとは、夢にも思わなかった。

「……松波先生、あなたには関係のないことです」

   きっぱりとそう言い切った麻琴は、今度こそ医務室から出て行った。


「麻琴さん、僕が贈った指輪を外した……?」

   背後でぽつりとつぶやかれた言葉に、麻琴は気づくことはなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

きみは運命の人

佐倉 蘭
恋愛
青山 智史は上司で従兄でもある魚住 和哉から奇妙なサイト【あなたの運命の人に逢わせてあげます】を紹介される。 和哉はこのサイトのお陰で、再会できた初恋の相手と結婚に漕ぎ着けたと言う。 あまりにも怪しすぎて、にわかには信じられない。 「和哉さん、幸せすぎて頭沸いてます?」 そう言う智史に、和哉が言った。 「うっせえよ。……智史、おまえもやってみな?」 ※「偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎」のExtra Story【番外編】です。また、「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレも含みます。 ※「きみは運命の人」の後は特別編「しあわせな朝【Bonus Track】」へと続きます。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

わたしの愛した知らないあなた  〜You don’t know me,but I know you〜

藤野ひま
恋愛
あなたが好きだった。 とてもとても好きだった。 でもそれを受け止めてくれる人は、もういない、のだろうか。 全部なくなってしまったの? そしてあなたは、誰? 〜You don’t know me,but I know you〜 館野内一花 (たてのうち いちか) x 四条榛瑠 (しじょう はる) 元(?)世話係とお嬢様 現在 会社の上司と平社員 そして、秘密の恋人 幼い時に両親を亡くし、一花のいる館野内家で育った榛瑠 。彼は18歳の時に家を出て行き、そのまま手紙の一つもないまま9年、ある日いきなり一花の前に現れあなたの婚約者だと名乗る。 混乱し受けいられない一花だったが、紆余曲折の末、想いを伝え合い付き合う事に。 それから一年。あいも変わらず社長令嬢であることをふせながら地味な事務職員として働く一花。榛瑠とも特に問題もなく、いつも通りの平凡な毎日……のはずだったが、榛瑠が出張先で事故にあったと連絡が入る。 命に別状はないと聞きほっとするのも束の間、彼が記憶をなくしているとわかり? シリーズ⑶ 以前書いた『天使は金の瞳で毒を盛る』『おやすみ、お嬢様』と同シリーズ、同じ登場人物です。 前作を読んでなくても上記あらすじでわかるつもりです、つもりです……。 (別サイトから改稿しての転載になります)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...