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Chapter 2
⑧
しおりを挟む「…………くくっ」
カウンターの向こうの杉山が、とうとう耐えきれず、声を漏らした。
「翔?」
松波がぎろり、と睨む。
「いや……失礼しました。ちょっと『ななみん』さん級のおもしろさだったので」
杉山は腹にぐっと力を込めて、なんとか態勢を立て直した。
「『ななみん』って?」
麻琴が尋ねると、
「僕の学生時代からの親友に田中っていうヤツがいて、今は金融庁のキャリア官僚なんだけど、そいつの奥さんが『七海』さんっていってね。……いろんな意味で凄まじい人なんだよ」
そう答えた松波が、その「凄まじさ」の一つを思い出したのか、肩をぷるぷると震わせ始めた。
「ダメですよ、恭介さん、思い出しちゃ。笑いが止まらなくなりますって!」
杉山が松波を窘めるが、そういう彼もなにか一つ「凄まじさ」を思い出してしまったのか、腹の力が緩んでしまい、また笑いが込み上げてきた。
「あの……その人、もしかして旧姓は『水野 』っていいませんか?」
麻琴はできれば別人であってほしいと心の底から願った。
「もし、そうであれば……わたしの従姉妹です」
「「えええええぇーーっ⁉︎」」
松波と杉山が同時に仰け反った。
「……じゃあ、きみ、諒志と七海さんの結婚式に出席した?」
松波が呆然とした顔で訊く。
杉山が「えっ、恭介さん喰いつくとこはそこ?」という怪訝な顔になる。
「はい。親族なので」
麻琴がおずおずと答える。
——あぁ、やっぱりあの七海ちゃんだったか。
脳裏に、学年は一つ上だが同い年の従姉妹の顔が浮かんだ。今では年子で立て続けに生まれた三児の母だ。
「……Bollocks!あのとき、なんとしてもロンドンから帰ってくるべきだったっ!そしたら、もっと早くに出逢えていたのにっ‼︎」
松波はアメリカンチェリーのカウンターをどんっ、と叩いて口惜しがった。
杉山は呆れ果てた目をしながらも、生温かい視線を送った。
「差し出がましくて恐縮なのですが……」
見かねた杉山が切り出す。
「渡辺さま、思うところはいろいろあるとお察ししますが、今日のところは、恭介さまがお選びになったプレゼントを受け取ってもらえませんでしょうか?オパールが誕生石だということは……今月がお誕生日ですよね?」
確かに、麻琴の誕生日は今月末だった。
内心は「世話の焼けるオトナたちだなぁ」と思いながらも、杉山は松波への「助け船」を出港させた。
「恭介さまからのバースデイプレゼント、ということでもお収めいただけませんか?」
松波があわてて「麻琴さんのBirthday presentはまた別に……」と言いかける。
しかし、すかさず杉山が「今は余計なことをしゃべるな」とばかりに、ぎろっ、と睨んで制した。
麻琴もさすがに「プレゼントを買い取る」というのが、失礼極まりない行為であることに気づいた。
「ご、ごめんなさい……わたしったら、つい……」
——いい歳をして恥ずかしくて堪らない。
今夜は離れた場所に数人、お客さんがいるだけだからよかった。向こうの話が聞こえてこないということは、こちらの話も聞こえていないだろう。
「松波先生、申し訳ありませんでした。せっかくのプレゼント、ありがたくいただきますね」
そう詫びて、麻琴は頭を深く下げた。
「ほんとに?……受け取ってもらえるの?」
松波が信じられないような顔で麻琴を見る。
麻琴はこっくりと肯いた。
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