真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

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Chapter 2

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「……失礼します」

   杉山が麻琴の前のビアグラスをすっと下げて、代わりに琥珀色に輝くシングルモルトのグラスを置く。
   彼女がボトルキープしているスコッチウィスキー・ボ◯モア十二年のダブルロックだ。

「なんだよ、翔。邪魔する気かよ?イギリスから帰国してこの店に来たとき、カウンターで一人、麻琴さんが美しく呑んでる姿を見て僕が一目惚れしたの、知ってるだろ?……せっかくこうやって話せるようになるまで漕ぎ着けた、っていうのに」

   松波が端整な顔を歪ませて鼻白む。

「はい、そうでしたね。では、恭介さまはいつものこちらです」
   杉山はあっさりと流す。そして、松波のビアグラスを下げて、代わりにバ◯ラのタリ◯ンドを置いた。

   まるでダイヤモンドをブリリアントカットしたようにガラスを削いだそのグラスは、店の照明に反射して、琥珀色の中身を信じられないほど多彩な色に輝かせている。
   タリ◯ンドの中身は、松波がキープするボトルのアイリッシュウィスキー・カ◯マラ十二年のストレートだ。


「アイリッシュなのに、なぜピートの香りが立つカ◯マラなんですか?」
   松波と時々待ち合わせてこの店で呑むようになってから、麻琴が思っていたことだった。

   アイリッシュウィスキーでは原料の麦芽をピートで燻さないのが一般的だ。にもかかわらず、松波の呑むカ◯マラはそうではない。だから、アイリッシュではかなり「異質」な味わいになる。

   石炭になりそこないの「泥炭ピート」は癖のある独特の匂いがする。人によっては「薬くさい」という印象を持つだろう。しかも、正◯丸のような……

   父親に連れて行かれたバー——偶然にも杉山の祖父の店だったのだが——で勧められて、麻琴は初めてそのピートの薫りを口にした。
   それまで好んで呑んでいた甘くて軽やかなカナディアンウィスキーにはない、ガツンとくる粗野な味に麻琴の舌は驚いたが、不思議とイヤではなかった。むしろ、立ちのぼるスモーキーな風味を「おもしろい」と感じた。

   それ以来、彼女はピートくささがあたりまえのスコッチウィスキーを好んで呑んでいる。

   中でも一番のお気に入りは、スコットランドのアイラ島にあるボ◯モア蒸留所でつくられる、その名も「ボ◯モア」だ。
   大麦の麦芽百パーセントである「モルト」を使って、全行程を一つシングルの蒸留所だけでつくるシングルモルトで、「アイラの女王」と呼ばれている。
   スコッチでは軽めのピートに、フルーティな甘さも同居するアイラの女王ボ◯モアは、麻琴にとっては「どちらの良さも楽しめる」ウィスキーなのだ。

——そういえば、前にややちゃんとここで呑みまくったとき、彼女もピートの匂いをあまり気にせずに、ガンガン呑んでたなぁ……

   ちなみに、カ◯マラ十二年もボ◯モア十二年も、アルコール度数は四〇度である。
   だからといって、水で割ったりハイボールにしたりして、せっかくのかぐわしさを「薄めて」しまうのはもったいない。

「アイリッシュなのにピーティなカ◯マラを好むのは、僕の中に流れるイギリス人の血の『ジョンブル魂』ってヤツかな?よく『不屈の精神』なんて言うけどね。とんでもないよ。実際のJohn Bullイギリス男は天邪鬼でいつもひとこと多い皮肉屋さ」

   彼の明るいブラウンの髪も灰緑色の瞳も、イギリス出身だった祖母譲りだ。

「要するに『あたりまえ』のものは格好悪いと斜に構えて、格好つけてるだけなんだよ」

   そう言って松波はニヤリと笑い、タリ◯ンドグラスの中で輝く琥珀色のカ◯マラをくっ、と呑んだ。


「……ところで、先刻さっきの僕の『申し入れ』、見事にはぐらかされてない?」

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