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Chapter 1
⑧
しおりを挟む青山と稍は、小学校のとき近所に住んでいた同級生の幼なじみだったが、互いに引っ越して以来、離れ離れになっていた。
ところが半年ほど前、稍が青山のチームに事務サポートとして派遣され、彼らは再会したのだ。
そして、その一ヶ月後には、もう入籍していた。
稍は結婚を機に、派遣社員から直接雇用の「嘱託社員」となった。さらに、青山の情報システム部への異動とともに、彼女も同じ部署へ移った。
すべて、青山が計画したことだ。
セフレだった麻琴に対しては、シベリアの永久凍土のように溶解することのない血も涙もない対応を見せた彼が……
惚れまくった妻の稍に対しては、南太平洋の島々の赤道直下の湿度過多な暑苦しさで執着しまくっている。
どうやら、会社であろうとずーっと傍に置いて、片時も離れたくないらしい。
そんな姿を、昨日まで所属していたチームで、イヤってほど見せつけられた麻琴は……
——ヤツも所詮、惚れたオンナに対しては「フツーのオトコ」だったってことよねぇ。おかげで、百年の恋も、すーっかり冷めて、今や「無」の境地よっ。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「だけど、こんな短期間でIT関連の国家資格を取っちゃうなんて、ややちゃんすごいわねぇ」
麻琴が感心する。
彼女ももちろん限定ランチの油淋鶏セットだ。会社から補助が出るため、なんと四〇〇円で食べられるのだ。
だが、ミニチャーハンに手をつけていた稍は首を左右に振った。
「ITパスポートなんて、情報システム部では何の役にも立たないよ。最低でも基本情報技術者がないと」
ゆくゆくは、管理ソフトを外注せずに社内ですべて賄うのが目標の情報システム部は、W◯rdやEx◯elやP◯werPointなんかとは全然次元の違う世界で生息しているらしい。
稍はAc◯essを使ってデータベースを、HTMLでソースを書いてウェブページを、思うままに操れるほどのスキルがあるというのに、太刀打ちできないようだ。
麻琴はわかめ玉子スープをごくり、と飲む。自分にとっては苦手な分野だ。
製品の「設計図」を容易に作れるのはもちろん、出来上がった「イメージ」までをも即座に反映してくれるAut◯CADは、プロダクトデザイナーにとっては必須だから、それだけは美大時代に当時の彼氏に特訓してもらって必死になって覚えた。
だが、今でもなにかデザインを思いつくと、PCを立ち上げるよりも先にスケッチブックに手を伸ばす、というアナログ派なのだ。
絵を描くのは子どもの頃から好きだった。好きな絵を一日中描けて、しかも自由な雰囲気のする美大に、いつしか憧れるようになった。
だけど、受験のための美術予備校へ通うようになって、学校の美術の成績が良いからといって、決して絵の才能があるわけではないことをまざまざと思い知らされた。
それでもなんとか高校の校長推薦が取れて美大を受験し、合格したのがプロダクトデザイン専攻だった。
「……麻琴ちゃん、そのヘアスタイルとカラー、すっごく似合ってる」
麻琴はグレージュの柔らかなウェーブのロングヘアを肩の辺りまでバッサリ切って、グレージュブラウンに染め直していた。
「あら、ほんと?ややちゃん、ありがとう」
これからは「管理職」の端くれとして、取引先とのつき合いもしなければならなくなるため、落ち着いた雰囲気に見せた方が得策のような気がしたから、イメチェンしたのだ。
「麻琴ちゃんの新しい部署はどう?」
とたんに、麻琴の顔が険しくなる。
「……なんか、あるみたいねぇ」
稍が右手で頬杖をついて、くすくす笑う。淡水パールのピンキーリングがやわらかな光沢を放つ。真珠は彼女の誕生石だ。
「そうなのよ。……でも、ここではねぇ」
社食では、だれが聞き耳を立てているか知れやしない。
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