真実(まこと)の愛

佐倉 蘭

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Prologue

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   とうとう、この日がやってきた。

   渡辺わたなべ 麻琴まことは上司の魚住うおずみ 和哉かずやから一枚の紙を受け取った。

【 東京本社 オフィス用品事業本部 PB事業部 文具MD課主任 渡辺 麻琴 殿
   本日付をもって、東京本社 生活用品事業本部 PB事業部 インテリア雑貨MD課 チームリーダー兼課長代理を命じます。
   今後とも貴殿が我が社の発展に寄与されることを期待しています。
(株)ステーショナリーネット 代表取締役社長 葛城 謙二 】

   麻琴は感慨深げな面持おももちで、たった一枚のその紙を見つめた。


   八王子にある美術大学を卒業し入社して以来、三十三歳になる今まで、ずっと携わってきたステーショナリー部門の製品プロダクトデザインがもうできなくなるのは、正直言ってさびしい。

   だけど、異動することが決まった先は、文具よりももっと幅広いデザインが手掛けられる生活雑貨部門だ。
   生産デザイン学科でプロダクトデザインを専攻した美大時代に学んだものが、今までよりもずっと発揮できそうな気がする。

   麻琴が勤務する(株)ステーショナリーネットは、社長の葛城がまだ学生時代に立ち上げ、ここ数年で急成長を遂げたネット通販会社である。
   今年で創立して二十年経ったが、創業者の社長はようやく四十代に入ったばかりだ。

   もともとはオフィス用品に特化したネット通販を展開していたのだが、今では販路拡大を目指して一般家庭もターゲットに含めた生活用品部門も始めていた。
   それが麻琴の異動先の「ロハスライフ」である。


   この十月、ついに(株)ステーショナリーネットでは、社長のトップダウンによって大規模な部署の再編成が行われた。

   それまで、ステーショナリー部門にしかなかった自社製品を開発・販売するプライベートPブランドB事業部がロハスライフ部門にも新設され、それに伴いMD課がその配下に置かれた。

   MD課とは、マーチャンダイジング課の略で、商品の企画から開発そして販売促進や営業に至るまでを、小規模なチームでおこなっている。
   だから、扱っているのは定番商品よりも、アイディア商品などの少し奇をてらったものとなるため、もともと商品化されても大量生産されるわけではない。
   少数精鋭でほかにはない商品づくりのために、MD課ではそれぞれのチームリーダーが他部署からほしい人材をスカウトしてきて、チームでマーチャンダイザーをするシステムになっている。

   そして、その「チームリーダー」にこの度、麻琴が抜擢されたのだ。

   だが、しかし——

   入社以来、ステーショナリー畑でやってきた麻琴には、ロハスライフでの人脈がない。
   チームにとって必要な人材をスカウトしようにも、どの部署にどんな人材がいるかなんてまったくわからない。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……で、ロハスでの君のチームなんだが」
と口火を切った魚住だが、彼も今日付で役職が変わった。

   ステーショナリーのPB事業部の部長に昇進したのだ。いくら新興の会社とはいえ、まだ三〇代半ばでの部長就任は異例の出世である。
   早速彼は、それまでのMD課のメンバーが使う「大部屋」から、今回新たに設けられた部長の執務室である「個室」に移っていた。

   そして今、麻琴はその魚住新部長の執務室で辞令を受け取ったところだ。

「わたし、ロハスでは右も左もわからないんですけど」
   麻琴は肩をすくめた。

「心配する必要はないさ。それはロハス側もわかってるから、強力な『補佐』が付いたよ。とりあえず彼がチーム編成してくれた体制でスタートし、徐々に君の色を出していけばいいとのことだ」

   魚住部長はクールでシャープな表情を緩めた。とたんに、少年のような顔になる。

……二十代だったあのころの麻琴が、夢中になった笑顔だった。

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