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Last Book
「これから」①
しおりを挟む『……やっと、会わせてくれるんですね?』
ディスプレイの向こうにいる人がにやり、と笑っていた。三十代半ばの男性で、自宅にいるのだろうか、寛いだスウェット姿だった。
『……うわぁ、専務のおっしゃるとおり、美しい方ですねぇ』
あたりまえだが、向こうからもこちらが見えているのだ。わたしは照れて俯いた。
「言っとくけど、おれのだからな。……絶対に、ホレるなよ?」
シンちゃんは真剣な表情と声だった。
ディスプレイの人が思わず、ぶはっ、と噴き出す。
『なに言ってるんですか、専務。こっちは愛する妻にかわいい愛娘を産んでもらったばかりで、それどころじゃないですよ』
「うるさい、早く自己紹介しろ」
シンちゃんはイライラしながら促した。
『失礼しました。……どうも、初めまして。櫻子さん、お噂はかねがね聞いておりますよ。青井 脩平と申します。(株)萬年堂で葛城専務の秘書をしております』
そう言って「あおい」さん改め「青井」さんが一礼した。
——「あおい」って名字だったのね!? しかも、シンちゃんの会社の秘書さん……
思わず、気が抜けてその場にへたり込みそうになるのを励まして、
「は…初めまして。井筒 櫻子と申します」
わたしもあわててお辞儀を返す。
——今までは「区立図書館で司書をしております」と言えたんだけどなぁ。まさか「無職をしております」とは言えないしなぁ。
『専務とは中学・高校のときの先輩・後輩の仲なんですよ。ですから、外ズラは「王子さま」でも、内ズラが『皇帝』なのは、よぉーく存じ上げております』
——やっぱり、「王子さま」と「皇帝」は「同居」してたんだ。
「……青井、余計なことはしゃべるな」
シンちゃんが地を這うような声で唸った。
『はいはい』
だが、青井さんはまったく意に返さなかった。二人の間で十代の頃から培われてきた絆が見えた気がした。
『櫻子さん、専務はこんな人ですから、結婚は「御曹司の七光り」ではなく「実力」が社内外に認められてから、なーんてバカなことを言ってるとは思いますが……』
青井さんは、ふうぅーっとため息をつく。
『若ぶってはいますけど、専務はもう三十七歳なんですからね。……ただでさえも、社内外でゲイ疑惑があるっていうのに』
——やっぱり、そういう「ウワサ」があるんだ。
そして、また彼はにやにやし始めた。
『今日の専務は見モノでしたよー。あなたにも見てもらいたかったなぁ。専務が「櫻子に逃げられるかもしれない」と、血相を変えて実家に戻りあわてふためきながら、いきなり社長と謙二に婚姻届を突きつけて、証人欄に署名させたんですよ』
——ええぇっ!? わたしが『この家から出て行って』って言ったから、そんなことになっちゃってたのっ!?
『そもそも、専務が突然、左手薬指にカル◯ィエの結婚指輪をつけて帰ってきたかと思えば、「実家を出て櫻子さんの家に住む」って宣言したときから、「あんなに各方面からの見合い話を蹴散らしていた慎一が、やっと身を固めてくれる」と言って、一家総出で狂喜乱舞していたそうですけどねぇ。……あ、これは専務の弟の謙二に聞いた話です。ヤツは僕の中学から大学までの同級生で、親友なんで』
——そういえば、カル◯ィエのトリニティ・ウェディングリングを買ってもらって恐縮していたら、
『僕の方にもちゃんと「メリット」になるから気にしなくていいよ。実は、ウィンウィンなんだ』
って、シンちゃんは言ってたっけ。
『もちろん、社長も謙二も、喜んで即座に署名したんですから、専務、つまらない意地なんかきっばり捨てて、とっととその婚姻届を役所に出してください』
青井さんは満面の笑みになっていた。
「……青井、覚えとけよ?」
シンちゃんの声はまさしく「皇帝」のそれであった。
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