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Book 13
「あんな彼には」②
しおりを挟む「……信じられないとは思いますけど、とにかく、これを見てもらえませんか?」
原さんはジャケットのポケットからスマホを取り出した。
何回かタップを繰り返し、わたしに差し出す。録画したムービーの映像だった。
そこには、遠目で、大きな日本家屋が映っていた。男の人がその家の門の前に立っていて、見ている間にズームされていく。
その人は——シンちゃんだった。
「ここが代々木上原の大山町にある、萬年堂の社長の自宅で……つまり、その長男である葛城 慎一の家でもあります。界隈では有名な邸宅だそうです」
原さんが説明する。
代々木上原は、わたしの家の最寄り駅から直結しているメトロの千代田線の沿線だが、大山町というと二十三区内でも屈指の高級住宅街である。
同じ渋谷区にあって、全国的に有名になった松濤は、新たにセレブになった人たちの出入りもあるというが、大山町は戦前からずっと住む生粋の「お金持ち」が多いと聞く。確かに、シンちゃんの背景にある街並みは、まさしく「御屋敷街」だ。
そして、その瀟洒な佇まいの街の中で……
——シンちゃんは違和感なく溶け込んでいた。
「……これは、先週の土曜日に撮ったものです。ネットで調べて、葛城 慎一があなたを欺いているのがわかりましたが『証拠』がないと、あなたは彼の方を信じるでしょう?だから……あなたの家から彼が出ていくのを尾けたんです」
後ろめたさからか、原さんは肩を竦めた。だけど、わたしはそんな話はろくに聞いていなかった。
シンちゃんがインターフォンを押したあと、手慣れた様子で大きな門を開ける姿を、ただ食い入るように見ていた。大きな門が開いたとたん、日本家屋のある奥の方から、だれかが歩いてきた。
女の人だった。彼女はその腕に赤ちゃんを抱いていた。
——「あおい」さんだ。
わたしは、直感で、わかった。
「あおい」さんが、慣れた様子で赤ちゃんをシンちゃんに預ける。あたりまえのように、赤ちゃんを抱きかかえたシンちゃんは、ぎゅーっと抱きしめたあと、その赤ちゃん持ち上げて、空に向かって「高い高い」をした。
シンちゃんに高く掲げられて、空に近くなった赤ちゃんの、きゃっきゃっ、と喜ぶ声が聞こえてきそうだ。きっと、その子の「パパ」と「ママ」だって、満面の笑みに違いない。
不意に、頭がぼぉーっとして、くらくらしてきた。鼻の奥がつーんとする。知らぬ間に、わたしの頬を、目からあふれでた涙が、何筋も伝っていた。
覆われた涙で霞んだ目は、もうなにも見えていなかった。
——ただ、これだけは決意した。
この子から……パパを奪うわけにはいかない。
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