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Book 5
「営業マンの知」①
しおりを挟む「……うっわー『イケメンさん』じゃんっ」
真生ちゃんが息だけでつぶやいた。
ダークブラウンの髪で端正な顔立ちの彼のことを、真生ちゃんはいつも勝手にそう呼んでいた。
カウンターの向こう側にいる、長身にネイビーブルーのスーツを纏ったその〈イケメンさん〉は、営業の合間に時間潰しで来ていると思われる「常連」のうちの一人だった。
だけど、ほかのサラリーマンたちと違って、彼が机に突っ伏して寝ている姿は、一度たりとも見たことがない。
いつもちゃんと書架にある本を読んでいる、まるで希少本のような人だった。
——いや「図書館」なら、あたりまえの行為なんだけれども。
しかし、そんな彼でも、本の貸出までは利用したことはなかったはず。
「……図書館利用カードはお持ちですか?もしお持ちでなければ、こちらの用紙にご記入していただきましたら、すぐに発行しますが。あ、この分館はもうすぐ閉館となりますが、このカードは本館でもお使いいただけ……」
しかし、わたしのマニュアルに沿った「説明」は、目の前の人の、はあぁ……っというため息によって遮られた。
「……ずいぶん、キレイにスルーされちゃったなぁ」
〈イケメンさん〉は細長い人差し指で、形よくすーっと通った鼻の頭を掻いた。
「結構、勇気を振り絞って申し出たんだけどね」
「さ…櫻子さん、失礼ですよっ。利用者様のお話は、ちゃんとお聞きしなくちゃ」
真生ちゃんが肘でわたしを突っつく。
たぶん、その「利用者様」が〈イケメンさん〉だからだとは思うが。
「あ、あの……?」
わたしがおずおずと尋ねると……
「やっと、僕の『プレゼン』を聞いてくれる気になった?」
〈イケメンさん〉は苦笑していた。
「君たちの話が、静か~に本を読んでる僕の耳に、聞くともなしに入ってきたんだけど……」
わたしは真生ちゃんの方を向いて、顔を顰めた。
——ほら、やっぱり、真生ちゃんの声が大きかったのよ。これこそ「司書が私語をしてうるさい」とクレームが来かねない。
「その状況だと、僕もやっぱり『櫻子さん』っていう女性が、ストーカー被害に遭ってるとしか思えないけどね。……しかも、その『原さん』って人に」
——話してたこと全部、筒抜けだったんじゃないっ!
恥ずかしくて、わたしも向こうにいるサラリーマンのように、机に突っ伏したかった。(あのサラリーマンはただ寝てるだけだけど。)
「やっぱり、だれが聞いてもそう思いますよねっ?」
真生ちゃんはカウンターから身を乗り出した。
「じゃあ、これから櫻子さんはどうしたらいいと思います?……先刻、『いい考えがある』っておっしゃいましたよね?」
「櫻子さんに彼氏がいるように見せればいいんですよ。……あ、でも、それだと弱いな」
〈イケメンさん〉は、自信たっぷりに微笑んだ。
そして、正真正銘の切れ長の魅惑的な瞳で、わたしたちを、ぐっ、と見た。
思わず、引き込まれてしまう——
「いっそのこと……『結婚している』って思わせて、櫻子さんのことを諦めさせたらどうですか?」
——そういうことができるようであれば、こんなに苦労はしていない、という顔を、わたしも真生ちゃんも同時にした。
自信たっぷりに言うものだから、どんな妙案を授けてくれるのか、と期待したが……
わたしも真生ちゃんも失望感が半端ない。
反動で、ちょっと怨みがましい気持ちすら湧き上がってくる。
〈イケメンさん〉が「ん?」という顔になる。
「……もしかして、櫻子さんにはそういう人がいない、もしくはそういうことを頼めるような人もいない、のかな?」
ちょっと皮肉っぽい笑みを浮かべていた。
初めて話をする人がそんな笑いをしたら、普通は嫌悪感しかないと思うが、さすがイケメン。
さわやかな笑顔の中に忍び込む、ちょっぴりセクシーな危うさにしか見えないのが腹が立つ。
でも……やっぱり「腹は立つ」んだけれども。
「そっ、そうなんですっ!櫻子さんはこんなに性格もよくてやさしいのに、浮いた話一つない残念な美人さんなんですっ!」
真生ちゃんが力強く肯定した。
「ちょ…ちょっと、真生ちゃんっ!?」
わたしはあわてて制する。
「じゃあ……乗りかかった船だね」
〈イケメンさん〉が、すーっと目を細めた。
セクシーな危うさが絶賛増量中だ。
「じゃあ、櫻子さん……僕と結婚してるってことにすれば?」
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