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きみに指輪をあげたい
Chapter 4 ②〈完〉
しおりを挟む先日、生まれ育った町の神社で、和哉と美咲が結婚式を挙げた。
最初、二人きりで挙式するつもりだったが、美咲が実家に帰って、両親に「今度は花嫁衣装を着て、ちゃんと結婚式をする」と報告した。
すると、突然、母親が堰を切ったように、
『美咲の花嫁姿が見たい!おとうさんが見るなって言うのなら、離婚します!!』
と言いだした。
離婚されたら困る父親が、とうとう折れた。
和哉もちゃんと美咲の両親に会って、日本の美しき伝統文化「お嬢さんをください」をやったあと、伝家の宝刀「最敬礼」を存分に発揮した。
和哉の方も、母親と再婚相手と妹が参列してくれた。実の父親からは祝電が届いた。
和哉の母と美咲の母は、会うなり、
『あらー、お久しぶり~!元気にしてた?』
と言い合っていた。小学校のPTAの行事以来の再会である。
家族が参列して二人きりの挙式ではないと知った香里は、「友人代表」として佳祐を引っ張って来てくれた。けれども、香里が、
『あー!これがパワースポットの御神木ねー!?』
とそこら中の木に抱きついてばかりいるので、
『抱きつくならこっちにしろ』
怒った佳祐が香里を抱き寄せ、神社の境内にもかかわらず、チュッとキスをした。
香里は『さすが、◯原さん推奨の超パワースポット!もう御利益が!?』と感激した。実は、人前でこういうのを一度やってみたかったのだ。
佳祐はというと、なんだか子どものようにはしゃいでるわが妻がかわいくて愛おしくて、ついやってしまった。神聖な境内なので、バチが当たらないかと青くなった。
綿帽子に白無垢姿の美咲は本当に美しかった。一目その姿を見た和哉は、あまりの美しさに息をするのを忘れ、しばらく固まっていたくらいだ。
美咲の着付けを担当した者も、
『今時、ここまで日本髪が似合う人はいない』
と目を細めた。また、『着物を着慣れてるのか、踏ん張りどころを知ってて、着付ける側との呼吸がぴったり合って着付けしやすかった』とも言っていた。
美咲は茶道など、特に着物に親しむような趣味はないのだが、成人式や友達の結婚式で着物を着る際に、なぜか着付けの人からよく言われることだ。日本舞踊をやってましたか、とも訊かれる。そういうこともあって、美咲は和装での挙式を選んだ。
和哉の方も、剣道をやっていたかのように姿勢がいいから、黒紋付の羽織袴姿がよく似合い、まるで江戸時代から抜け出た「サムライ」のようだった。
拝殿に向かう沿道で、二人の姿を偶然見た人たちは、ため息まじりでうっとりと見つめていた。
友人を集めてのウェディングパーティの方は、和哉の仕事の都合もあって、来月開かれる。その後、待ちに待った新婚旅行も控えている。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
和哉は自分の左手薬指と、隣で眠る美咲の左手薬指を見た。そこには、挙式で交換したカ◯ティエの結婚指輪「バレリーナ」があった。
和哉のはシンプルなプラチナで、美咲のはそれにメレダイヤが半周取り巻いている。 優美にカーブしたデザインは、二人の細長い指をさらに長く見せた。
美咲は結婚しても派遣の仕事を続けているので、変なのが目をつけやしないか気が気ではない。
——この結婚指輪が、「魔除け」になればいいのだが。
しかし、和哉の方もこの結婚指輪の御利益で、突然「好きです!」と告白されることはないだろうな、と思っていたのだが……
——甘かった。
出先から帰社して、自販機前のベンチソファに腰掛け、買ったユニマットのコーヒーを飲んでいたときだ。
突然——そう、あれはいつも突然やってくるテロのようなものだ。
『魚住さん、ずっと好きでした。そのカ◯ティエの結婚指輪と時計……素敵過ぎて……セクシー過ぎます。……奥さんがいてもいいです』
総務の、名前もおぼろげな子だった。
『あたしっ……日陰者でもいいですっ!』
——そっちがよくても、こっちがよくねぇんだよっ⁉︎
もちろん、丁重にお断りした。
そんなふうに美咲が婚約指輪のお返しにくれたカ◯ティエの黒のタンクMCは、すっごく評判がいい。だから、ロ◯ックスのディープシーと交互で使用していた。
実は、佳祐が和哉のを見て気に入り、色違いで買おうかな、と思っていて、今度のボーナスが出た暁には、晴れて和哉とペアルックになることを、このときの和哉はまだ知らない……
「ようこそ……おれの奥さん」
和哉は、美咲の指輪にそっとくちびるをつけた。
安らかな——と言っても、決して死んでるわけではないが——美咲の顔を見つめていたら……さすがに、和哉も眠たくなってきた。
美咲の顔に自分の顔を寄せて、彼女の柔らかいくちびるに、ちゅっ、と軽くキスをする。初めて美咲にした、小学生の頃のキスみたいだった。
「……おやすみ……『魚住』さん……」
「きみに指輪をあげたい」〈 完 〉
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