あなたの運命の人に逢わせてあげます

佐倉 蘭

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昼下がりの情事(よしなしごと)

Epilogue〈完〉

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 ―和哉―

 それにしても——
 先刻さっきから、和哉の抑えても抑えても、込み上げてくる笑いが止まらない……
  ——こんなにうまくいくとは。

 美咲が、やーっと旦那と離婚できる!これで、おれが美咲との婚姻届を出せる~~~♪

 きっと、顔にも出ていたに違いないが、もうどうでもよかった。志郎の前でずっと鉄仮面だったのは、さすがの和哉も緊張していたからである。
 それが今……完全に崩壊した。
 ——預かった離婚届は、今日中に役所に出してやるぞっ!

 そのためには、もう一人「証人」がいる。和哉はスマホを取り出した。
「……おい、佳祐けいすけ今どこにいる?」
 LINEの通話で、親友の佳祐を呼び出す。

 ラッキーなことに、新婚の新田にった 佳祐&香里かおり夫妻は、和哉がいた某ホテルの近くにあるショッピングモールで買い物中だった。

「美咲の離婚届出すから、証人になってくれ」
 和哉がいきなりそう言うと、
『えらい急な話だな。……で、そんな大役、おれなんかでいいわけ?』
「ああ、向こうはだれでもいいって言ってた」
『だからって、おれかよ』
 スマホの向こうで、佳祐が脱力していた。

『わかったよ、書くよ。でもさ、印鑑いるんじゃね?』
 つい最近、離婚届とは「親戚」の婚姻届を書いた佳祐が指摘した。
『ネームペンは持ってるけど……確かシャチハタはダメだったよなー?』
 そばにいた香里に尋ねる気配がする。

 すると、『貸して』と声がして、
『和哉くん!美咲、離婚届出せるの⁉︎』
 佳祐に代わって、香里が出てきた。

 六月に開かれた佳祐と香里の結婚式の二次会に、和哉は同棲を始めたばかりの美咲を連れて行った。
 そのとき、美咲と香里がとたんに意気投合したのだ。ふんわり(ぼんやり?)清楚系の美咲とサバサバ(毒舌?)ゴージャス系の香里では真逆のように見えるが、なぜかウマが合うらしい。今では「かおりん」「美咲」と呼び合う仲で、「女子会」と称して二人で遊びにも行っていた。 

『あたしが、美咲の「親友」として、証人になるわ!』
 香里は宣言した。もう、だれにも止められない。

『だいたい、佳祐ったら緊張して、婚姻届を何度も書き間違えるのよ⁉︎ 実はあたしと結婚したくないんじゃないかって思ったわよっ!』
  ——えらいヤツに頼むとこだった。一枚しかないのに。

『印鑑も持ってる!新田はもちろん、仕事で使ってるから旧姓の長澤ながさわもあるわっ! 』
  ——いや、戸籍名の「新田」でお願いします。


 通話を終えた和哉は、スマホの時間表示を見た。美咲は別のホテルにある、英国式正統派アフタヌーンティーで有名なレストランで待つことになっていた。
 最愛の彼女のもとへ向かう和哉の足が、ますます早くなる。これから、そこへ佳祐と香里も合流して、一致団結して美咲の離婚届を仕上げるのだ。

 離婚届も婚姻届と同じく、二十四時間役所で受付してくれるそうだ。協議離婚の場合は、届けを持参した者の運転免許証等で本人確認できれば、戸籍抄本など必要ないらしい。
 ……なぜか、新婚ほやほやの香里がこれらのことを熟知していて、スマホの向こうで、彼女の隣にいた佳祐がギョッとした顔をしていた。

 はやる気持ちをなだめながら、和哉はLINEの通話で美咲を呼び出す。
「……あ、美咲か? 待たせたな。終わったぞ!すべてうまくいった‼︎」

 スマホの向こうでホッとした気配が感じられた。

「それで、おまえ、今、印鑑持ってるか?あ、シャチハタはダメだぞ」
 今一番の重要懸案を聞く。

『持ってるけど、和哉、どしたの?』
「確か宅配便の受け取りのために、おれの『魚住』も預けたよな?」
『持ってるよ。それに、「天野」も旧姓の「岡嶋おかじま」も』

 なぜ、あたりまえのように持っている?印鑑は女子の必須アイテムなんだろうか……?

 ——そんなことよりも。

「美咲、おまえ、今日、離婚できるぞ……!」


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 ―志郎―

 志郎は、和哉から渡された手帳のレフィルを手に、呆然とたたずんでいた。

【あなたの運命の人に逢わせてあげます】ってサイト、怪しすぎないか?教えてくれたのは初対面の人で、しかも、妻をかっ攫って行ったヤツだし。
 それでも……

 ——どんなサイトかを見てみるくらいはいいかも。

 志郎はホテルの入り口付近にあるロビーのソファへ腰を下ろした。そして、吉◯カバンからタブレットを取り出す。

 レフィルに書かれていたのは、筆圧が強く大きくて伸び伸びとしていながらも、一点一画をおろそかにしないきれいな文字だった。姿かたちだけでなく、字までも端正だなんて、神様は不公平だなーと、自分のつたない字を思い浮かべて、志郎はため息をついた。
 だが、気を取り直して、書かれたURLを入力する。


 青い空に白い雲が浮かぶ画像がバックのそのサイトは、一見さわやか系だ。例えば、漆黒だとか宇宙の星々だとかを背景にした、おどろおどろしい感じのサイトだろうと予想していたので、ちょっと拍子抜けした。

 しかし——

【……太古の昔、人間は男と女が一つの身体からだでした。
 強さと優しさを兼ね備えた完全な身体の人間は、やがてすべての生物の頂点に立つ、世界の覇者となります。
 ところが、だんだんと人間は過信に陥り、自らを神と呼び、驕おごり高ぶるようになりました。
 しかし、それが神の逆鱗に触れ、罰として、とうとう身体を男と女の二つに引き裂かれてしまいました。
 以後、人間は引き裂かれた相手を求めて、何度も何度も生まれ変わるようになります。
 あなたはその相手に会えるときまで、これからも何度も生まれ変わるつもりですか?
 あなたは一刻も早くその相手に会いたいと思いませんか?
 わたしたちがあなたをその「運命の相手」に導きます……】





「昼下がりの情事よしなしごと」〈 完 〉

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