あなたの運命の人に逢わせてあげます

佐倉 蘭

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あなたの運命の人に逢わせてあげます

Epilogue ①

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 夫の元へ帰すのは断腸の思いだったが、美咲が先刻さっき、おれの部屋マンションから帰っていった。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 ホテルから出たあと、彼女はスーパーで効率よく買い物をし、おれの部屋のほとんど使われていないキッチンで手際よく料理をした。メニューは、焼き魚・きんぴらごぼう・だし巻き玉子にごはんと味噌汁だった。

 見た目はまったく料理ができなさそうな美咲が、和食を作ったというのも意外だったが、冷蔵庫にあったチーズをつまみながらビール片手にテレビを観ていたら、いつの間にかテーブルの上にできあがった料理が並んでいたので、ものすごく驚いた。

 ——やはり「奥さん」なのだ。

 今までつき合ってきた独身の女とはやっぱり違うんだな、としみじみ思った。母の再婚相手も、こういうところに参ったのかもしれない。男ってのはメシに弱いから。

 テーブルで向かい合って食べているとき、美咲がちょっとイジワルっぽく笑いながら言った。
『朝ごはんみたいなメニューだけど、こういうのが身体からだにいいんだよ。どうせ、いつもお店で、脂っこいものばっか食べてるでしょ?』

 ——図星だった。

『お味噌汁の味は魚住くんにしたら薄いでしょうけど、このくらいが身体のためにはちょうどいいの。具だくさんにして食べ応えのあるようにするから、この味に慣れてね』

 表面はこんがりとした焼き魚は中はふっくらとしていた。甘辛いきんぴらごぼうの胡麻油の香りに食欲をそそられた。だし巻き玉子はきれいに巻かれている上にふわふわだった。確かに、どれも絶品だったが、味噌汁の味だけはちょっともの足りないな、と思っていた。
 おれがちょっと顔をしかめると、美咲は逆に満ち足りたような笑顔になった。

『……そう言えば、今日ひさしぶりに「岡嶋」って呼ばれたなぁ』
 美咲はきんぴらごぼうを食べながら言った。

 今の彼女にとって「岡嶋」は旧姓だから、今は旦那の姓で呼ばれているのかと思うと、胸がムカムカしてきた。

『そんなに呼んでほしければ、また『岡嶋』って呼んでやるぜ』
 そう言っておれは、ふわふわのだし巻き玉子を頬張った。

 ——美味うまい!毎日食べたい‼︎

 思わず表情に出てしまったのか、
『あたしのだし巻き玉子、友達とかから「居酒屋で出せるね」って言われるくらい好評なんだよ』
 美咲がドヤ顔で言う。
 この先、おれとケンカでもした際には、このだし巻き玉子が強力なアイテムになるということに気づいた顔だ。

 ——まずいな。……この情勢不利を打開せねば。

『……それより、「岡嶋」に戻ってもすぐに『魚住』になるんだから、おれのこと「魚住くん」って呼ぶのやめな』
 とたんに美咲の顔が真っ赤になる。

 そう言えば、おれは小学生の頃みんなから「ウオッチ」って呼ばれてたが、彼女からは一度も呼ばれたことがなかった。

『えー⁉︎ 恥ずかしいじゃん……』
 いい歳して、たかが名前呼びごときで、耳まで真っ赤になってるのはこの上なくかわいいが。
 先刻さっきまで、ホテルでどれだけ恥ずかしいことをしてきたと思ってんだ。延長して三回だぞ。

 日常生活には支障なくバレエのレッスンができるまで回復したとは言え、持病を持つ美咲は、おれの体調管理に関してかなり気になるようだった。おれに対する「注文」は、身体を動かすことにも及んだ。

『か、和哉くんは、あんなに運動神経よかったのに、今はほとんど運動してないでしょ?』
 これもまた、図星だった。

『「くん」はいらない』
『えー⁉︎ あたし、今まで男の人を呼び捨てにしたことないよぉ。従兄弟いとこだって「くん」だよー』

 それはいいことを聞いた。男にとっては、それがなんであれ「初めて」は至上の喜びだ。

『か、和哉……は、今はまだ、昔の「貯金」があるから体型維持できてるけど、今のうちに何かする習慣付けとかないとね』
 バレエで身体の芯ををバッチリ鍛え上げ、スリムなボディを維持できている美咲が言うと説得力が違う。

 佳祐ではこうはいかない。あいつもおれと一緒で「貯金」を喰いつぶしてる真っ最中だ。

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