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あなたの運命の人に逢わせてあげます
Chapter 9 ③
しおりを挟む「ほんとに……相変わらず強引なんだから……」
意に反して、美咲は笑っていた。彼女の目には、強い光が宿っていた。あの頃の美咲が、童顔で頼りなさげな外見からは想像できないほど、頑固で芯がしっかりしていたことを思い出した。
「旦那とは別れるんだな?」
おれは念を押した。
「時間、かかるかもしれないけど……」
そう言いながらも、美咲はしっかり肯いた。
「でも、親の反対押し切って結婚して、今度は魚住くんと一緒になるために離婚するんじゃ、もう実家とは絶縁状態だね」
美咲は首を竦めた。
「本当に身ひとつで魚住くんのとこへ行くことになると思うけど……それでもいい?」
美咲は上目遣いで尋ねた。
「もちろんさ」
おれは即答した。美咲を抱きしめる手に力を込めた。
「おまえこそ、おれの給料じゃ、バレエとかやってる今のような生活はできなくなるぞ。……いいのか?」
おれが訊き返すと、美咲は表情を引き締めて、神妙な面持ちでこくっと肯いた。
美咲が既婚者に見えなかったのは、まったく生活感のないその風貌にもある。それは、小さな会社というが、彼女の夫の経済力の賜物だろう。
おれもますます仕事をがんばらなきゃな、と腹の底から思った。
「ところで……泳げるようになった?」
今までの口調とは一変させて、美咲がおどけたように尋ねてきた。
「なんだよ、いきなり」
美咲は悪戯っぽく笑っていた。
「あたしね、小学生のとき、泳げない魚住くんが海で溺れたら助けてあげなくっちゃ、って思って、スイミングスクールに通ったんだよ」
そういえば、おれが早々にやめたスイミングスクールに彼女は通い続けていた。
「なんで、プールじゃなくて『海』なんだよ」
おれたちは海のない県で生まれているため、怪訝に思ったおれは訊いた。
「そういえばそうだね。……なんで『海』なのかな?」
美咲は首を傾げたが、すぐ気を取り直して、
「とにかくあたしね、おかげで一キロメートル泳げるようになったの」
と言って、得意げな顔をした。
「……じゃあ、おれが溺れたら、絶対助けろよ」
おれは不貞腐れながらも堂々と言った。
「あーやっぱり、まだ、泳げないんだぁー⁉︎」
美咲ははしゃいだ声をあげた。ムッとしたおれは美咲に覆いかぶさり、馬乗りになる。
「……夢みたい。……本当に魚住くんがここにいるんだね……」
おれに組み敷かれた美咲がつぶやいた。
「また……突然、消えたりしない、よね?」
美咲がおれの頬を指でなぞりながら、少し不安げに尋ねた。
「ああ、しない」
おれは断言した。美咲はにっこり微笑んだ。安心しきった笑顔だった。
「あ、そうだ。……大人になったら、おまえに言うことがあったんだ」
——そういえば、ちゃんと言ってなかったことに気づく。
「……気の遠くなるほどずっと昔から、おまえが好きだった」
美咲の大きな瞳が揺れて、みるみるうちに潤んでいく。
「……おれの嫁になってくれ……」
盛り上がった涙が耐えきれず、ぽろりとあふれ出て、美咲の頬をつぅーっと伝っていった。
おれは初めて見た美咲の涙に、ゆっくりと自分のくちびるを重ねて、吸い取った。
今のおれたちは、親たちに振り回された子どもじゃない。自分たちの意志があれば動くことができる、大人になった。
すぐには一緒になれなくても、そうなるまでには困難が伴おうとも、おれはもう美咲から離れない。
もう二度と、美咲を離さない。それに、離れられるわけがない。
なぜなら、おれはわかったからだ。
美咲がおれの、探し求めていた「片割れ」だということを……
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