17 / 37
あなたの運命の人に逢わせてあげます
Chapter 9 ①
しおりを挟む「……美咲……おまえ……結婚していたのか⁉︎」
やりきれない気持ちのおれは、思わず吐き捨てるように言った。
「だったら、結婚指輪しとけよ……」
美咲の左手薬指には指輪がなかった。
まさか——夫がいるとは思わなかった。
だが、おれたちは小学校を卒業してから二十年近く経つのだ。美咲が結婚していても、何らおかしくない。おれも、彼女も、互いの近況を一切話していなかった。実は、おれも、美咲も、なんにも知りやしなかったのだ。
先刻まで、あんなに激しくカラダを求め合って、互いの肉体を曝け合わせたというのに……
もしかしたら、心のどこかで気づいていて、そこから目を逸らしていたのかもしれない。
「魚住くん、ごめんね……なんか、ちょっと、言い出せなくて……」
美咲は気まずそうに口を歪めた。
そして、大人にはなってからのことを語り始めた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
三年ほど前、美咲は小さな設計会社を経営する男と結婚したと言う。相手はバツイチで年齢が一回りも上だったので彼女の両親は猛反対したが、それを押し切ったそうだ。
「……魚住くんと、同じ干支で同じ星座の人だよ」
おれに腕枕された美咲が乾いた笑いをする。
「おれと似ているのか?」
美咲は即座に首を振った。
「似てるかな、と思ったけど、全然違ったな。……やっぱり占いなんて当てにならないって、よくわかった」
そう言った彼女の声には、自嘲の色が含まれていた。
美咲は大学卒業後、だれもが名を知る会社に就職したそうだ。だが、一年も経たないうちに父と同じ病を患い、会社を辞めて入院した。
父と同じように、全快することはないが日常生活に支障がないくらいに回復したあと、彼女は両親が止めるのも聞かず、アルバイトを探した。見つけた先が、夫となった男が経営する会社だった。
「病気になって、気弱になってたのかなぁ……プロポーズ受けちゃった」
おれの腕の中で彼女は弱々しく笑った。
「金属アレルギーで指輪はできないってことにしてるんだ……夫には」
美咲はアラビアンナイトみたいな天蓋を見つめていた。
「本当は、したくないだけなんだけど……」
「……旦那とは、うまくいってないのか?」
おれは一縷の光が差し込んできたような気がして、美咲に尋ねた。
「表向きはうまくいってるように見えるでしょうね」
美咲は虚ろな笑みを浮かべた。
「悪い人じゃないのよ。会社では社員の人から慕われてるし……頼れる人だと思ったんだけど……」
彼女は目を伏せた。
「一回りも歳が違うし上司だった人だから、いつまで経っても『対等』じゃないの。……彼は理知的で言うことはいつも正論なんだけど、そのとおりにしていればきっと間違いはないんだろうけど。……なんか折り合えない、違和感があって……一緒に家庭を築いていくって感じがしないの……」
おれはただ黙って彼女の話を聞く。
「……一緒に生きてるんだもの……相手に支えられて守られてるばかりじゃなく、自分も支えて守ってあげたいのに……」
そして、美咲は言いにくそうにつぶやいた。
「それから……あたしが……不感症だから……彼を満足させられないから、ってのもあるな……」
「はぁ⁉︎」
おれはびっくりして跳ね起きた。
—— 先刻までの、おれの愛撫に応える艶めかしい喘ぎ声や姿態は、すべて「演技」なのか?演技だったのか……⁉︎
「……と、思ってたの。今日、魚住くんとこうなるまでは」
美咲は腹を決めたのか、ハッキリと言うようになった。
「夫だけじゃなくて、今まで男の人に抱かれて気持ちいいと思ったことないんだ」
おれは半身をベッドに戻して、再び美咲を腕の中に収めた。
「夫とは、悪いから、なんとか演技してたけど、やっぱりわかっちゃうよね。今ではすっかりなくなっちゃって……」
美咲は肩を竦めた。
おれは彼女のやわらかい頬を、軽くぺちんと叩いて、
「おまえ、Mっぽいもんなー。やっぱおれのようなSっぽいヤツじゃないと満足できねえんだよ」
と、揶揄うような口調で言った。美咲が夫とご無沙汰だと知って、心が少し軽くなったのだ。
「……あたし、心をすっかり解放できる相手とじゃないと、心の底から、本当に、気持ちよくなれないような気がする」
美咲はおれの腕の中なのに、遠い目をしていた。
「あたしの場合は、死ぬほど好きな相手か、それとも後先のことを考えなくていい、行きずりの相手か……どちらかにしか、心を開けられないかもね」
おれは美咲の頬を両手ですっぽり包んだ。
「……おれはどっちだ?」
美咲の大きな目を、じーっと見つめて訊いた。
「『死ぬほど好きな相手』か?……それとも『行きずりの相手』か?」
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる