あなたの運命の人に逢わせてあげます

佐倉 蘭

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あなたの運命の人に逢わせてあげます

Chapter 9 ①

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「……美咲……おまえ……結婚していたのか⁉︎」
 やりきれない気持ちのおれは、思わず吐き捨てるように言った。

「だったら、結婚指輪しとけよ……」
 美咲の左手薬指には指輪がなかった。
 まさか——夫がいるとは思わなかった。

 だが、おれたちは小学校を卒業してから二十年近く経つのだ。美咲が結婚していても、何らおかしくない。おれも、彼女も、互いの近況を一切話していなかった。実は、おれも、美咲も、なんにも知りやしなかったのだ。

 先刻さっきまで、あんなに激しくカラダを求め合って、互いの肉体を曝けさら合わせたというのに……
 もしかしたら、心のどこかで気づいていて、そこから目を逸らしていたのかもしれない。

「魚住くん、ごめんね……なんか、ちょっと、言い出せなくて……」
 美咲は気まずそうに口を歪めた。

 そして、大人にはなってからのことを語り始めた。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 三年ほど前、美咲は小さな設計会社を経営する男と結婚したと言う。相手はバツイチで年齢が一回りも上だったので彼女の両親は猛反対したが、それを押し切ったそうだ。

「……魚住くんと、同じ干支で同じ星座の人だよ」
 おれに腕枕された美咲が乾いた笑いをする。
「おれと似ているのか?」
 美咲は即座に首を振った。
「似てるかな、と思ったけど、全然違ったな。……やっぱり占いなんて当てにならないって、よくわかった」
 そう言った彼女の声には、自嘲の色が含まれていた。

 美咲は大学卒業後、だれもが名を知る会社に就職したそうだ。だが、一年も経たないうちに父と同じ病を患い、会社を辞めて入院した。
 父と同じように、全快することはないが日常生活に支障がないくらいに回復したあと、彼女は両親が止めるのも聞かず、アルバイトを探した。見つけた先が、夫となった男が経営する会社だった。

「病気になって、気弱になってたのかなぁ……プロポーズ受けちゃった」
 おれの腕の中で彼女は弱々しく笑った。
「金属アレルギーで指輪はできないってことにしてるんだ……夫には」
 美咲はアラビアンナイトみたいな天蓋を見つめていた。
「本当は、したくないだけなんだけど……」

「……旦那とは、うまくいってないのか?」
 おれは一縷いちるの光が差し込んできたような気がして、美咲に尋ねた。

「表向きはうまくいってるように見えるでしょうね」
 美咲はうつろな笑みを浮かべた。
「悪い人じゃないのよ。会社では社員の人から慕われてるし……頼れる人だと思ったんだけど……」
 彼女は目を伏せた。
「一回りも歳が違うし上司だった人だから、いつまで経っても『対等』じゃないの。……彼は理知的で言うことはいつも正論なんだけど、そのとおりにしていればきっと間違いはないんだろうけど。……なんか折り合えない、違和感があって……一緒に家庭を築いていくって感じがしないの……」

 おれはただ黙って彼女の話を聞く。

「……一緒に生きてるんだもの……相手に支えられて守られてるばかりじゃなく、自分も支えて守ってあげたいのに……」

 そして、美咲は言いにくそうにつぶやいた。

「それから……あたしが……不感症だから……彼を満足させられないから、ってのもあるな……」

「はぁ⁉︎」
 おれはびっくりして跳ね起きた。
 —— 先刻さっきまでの、おれの愛撫に応えるなまめかしい喘ぎ声や姿態は、すべて「演技」なのか?演技だったのか……⁉︎

「……と、思ってたの。今日、魚住くんとこうなるまでは」
 美咲は腹を決めたのか、ハッキリと言うようになった。
「夫だけじゃなくて、今まで男の人に抱かれて気持ちいいと思ったことないんだ」

 おれは半身をベッドに戻して、再び美咲を腕の中に収めた。

「夫とは、悪いから、なんとか演技してたけど、やっぱりわかっちゃうよね。今ではすっかりなくなっちゃって……」  
 美咲は肩をすくめた。

 おれは彼女のやわらかい頬を、軽くぺちんと叩いて、
「おまえ、Mっぽいもんなー。やっぱおれのようなSっぽいヤツじゃないと満足できねえんだよ」
と、揶揄からかうような口調で言った。美咲が夫とご無沙汰だと知って、心が少し軽くなったのだ。

「……あたし、心をすっかり解放できる相手とじゃないと、心の底から、本当に、気持ちよくなれないような気がする」
 美咲はおれの腕の中なのに、遠い目をしていた。
「あたしの場合は、死ぬほど好きな相手か、それとも後先のことを考えなくていい、行きずりの相手か……どちらかにしか、心を開けられないかもね」

 おれは美咲の頬を両手ですっぽり包んだ。
「……おれはどっちだ?」

 美咲の大きな目を、じーっと見つめて訊いた。

「『死ぬほど好きな相手』か?……それとも『行きずりの相手』か?」

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