あなたの運命の人に逢わせてあげます

佐倉 蘭

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あなたの運命の人に逢わせてあげます

Chapter 7 ①

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 カレーを食べ終えて、そのあと頼んだアイスチャイを一口飲んでから、
「岡嶋は、このあと、なにか予定ある?」
 おれは美咲をじっと見つめ、訊いてみた。

 マサラチャイを飲んでいた美咲は、足元の方へ視線を落とした。そこには、大きなトートバッグがあった。
「バレエのレッスンがあるんだけど……」
 ちょっと困った顔になった。
 そういえば、美咲はひっつめた髪を頭頂部で団子みたいに丸めた、バレリーナのような髪形をしていた。

「おまえ、バレエなんて、子どもの頃やってたっけ?」
 驚いたおれが尋ねると、
「大人になってから始めたの。いつもは家の近くのバレエ教室なんだけど、月に一回だけバレエショップがやってるオープンクラスのレッスンを受けてるんだ」
 美咲が答えた。

「それ、休めよ」
 おれは思わず言った。

 ——このまま、まだ美咲と別れたくはなかった。本当におれの「運命の相手」かどうか、見極めたかった。
 そして、なにより——美咲ともっと、一緒にいたかった。

 美咲は呆気にとられた表情をした。

「休めよ」
 おれはもう一度言った。目に力を込めた。

 すると、美咲の顔中に笑みが広がった。
「魚住くんは……強引だなぁ……相変わらず」

 それから、上体を折るように倒してトートバッグのポケットからスマホを取り出し、また身を起こした。その一連の動作は、とても優雅でまるでバレリーナのようだった。
「今日はよく気の変わる日だわ」
 美咲が少し悪戯いたずらっぽく微笑んだ。

「……来週のレッスンに振り替えてもらうね」
 そう言って、スマホで変更の手続きを始めた。


゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 インド料理店の入ったタワービルを出ると、目の前にシネコンが見えた。
「映画でも観ようか?」
 おれが訊くと、美咲は今話題の第二次大戦下のナチスドイツを舞台にした映画が観たいと答えた。

 主演俳優は世界中に名の知られたハリウッドスターだが、ストーリーは戦争を題材にしているだけあって硬質なものだ。おれもちょうど観たいと思っていた映画である。
「映画のタイトルは北欧の神話の女神の名前なんだけど、ドイツ語で『戦死者を選ぶ者』って意味だって」
と、美咲が教えてくれた。

「……おっかない女神だな。たとえどんなに綺麗な女でも、おれは近づきたくねえな」
 おれが苦笑しながらそう言うと、
「『デート』で観る映画じゃないよね」
 彼女は首をすくめた。

 確かに、恋人同士が観るタイプの映画ではない。——っていうか、そもそも女はこの手の映画って苦手なんじゃないだろうか。

 そういえば、美咲はどうやって知識を仕入れたか知らないが、子どもの頃から何でもよく知っていた。社会が得意で、歴史なんか小学校の先生が舌を巻くほどだった。

「いや、欠伸あくびの出る恋愛映画より、ずっといいけどな」
 おれが顔をしかめながら言うと、
「あたし、ラブストーリーも好きだよ。でも、そういうのは映画館じゃなくて、DVD借りて家で観るんだ」
 美咲は屈託なく笑った。


 美咲の大きなトートバッグをコインロッカーに預けたあと、映画のチケットを買い、入り口のところで次の上映時間を待った。あの頃はどうだったとかいう思い出話や、誰々が今どうしてるとかいう近況話など、互いの口から次から次へとあふれ出てきた。

 だんだんあの頃の調子が戻ってきたのを感じていたら、突然、美咲がぼやいた。
「……首、痛い。上ばっかり向いてるから」

 おれは美咲の顔を見下ろした。実はテーブル席に座っていたときからそうだろうな、と気づいてはいたが、美咲は背が小さかった。たぶん、一五〇センチ台半ばの身長だろう。おれは一八〇センチあるから、美咲の頭頂部の団子結びは肩の上の辺りだ。

「魚住くん、なんで、そんなに背、伸びたのよ」
 美咲が口を尖らせた。背が高いのは羨ましがられこそすれ、咎められたのは初めてだ。
「岡嶋、おまえ、あれから背、伸びてねえんじゃないか?」
 おれは屈んで美咲に目線を合わせ、笑いながら彼女の広めの額を人差し指でつんっと突いた。
 すると、ものすごい目で睨まれた。

「今までつき合った男は背、高くなかったのかよ?」
 おれが尋ねると、
「そうね……だいたい一七〇センチくらいだったからなぁ……」
 美咲は記憶を手繰たぐり寄せるような目をして答えた。

 どんなヤツだったんだろう、と思ったら、胸の奥底から苦いものがじわじわと込み上げてきた。

「そっちこそ、どうせスラーッとした女の人とばっかつき合ってきたんでしょ?」
 美咲がニヤニヤしながら訊いてきた。
「そうだな……みんな一六五センチくらいはあったかなぁ……」
 おれも記憶を手繰り寄せるような目になっていた。

 美咲の笑顔がすーっと消えて、能面のように冷ややかな表情に変わった。

 そのとき、入り口から人がこぼれ出るように流れてきた。前の上映が終わったようだ。
「入るぞ」
 おれが促すと、美咲はまだ不機嫌な顔をしていた。

 おれは、美咲の華奢な肩に手を置き、ぐっと引き寄せた。びっくりした美咲はおれを見上げた。
「……ほんとは、ちっちゃなヤツの方が好きなんだ、昔から……」
 身を屈めて美咲の耳元でささやいた。

 すると、今度は背伸びした美咲が、おれの耳に口を寄せて、
「……あたし、ほんとは背の高い人好きだよ、昔から……」
 聞き取れるかどうかわからないくらいの、小さな声でつぶやいた。

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