あなたの運命の人に逢わせてあげます

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
10 / 37
あなたの運命の人に逢わせてあげます

Chapter 6 ②

しおりを挟む
 
 実は、美咲の姿を見るまで、彼女のことはすっかり忘れていた。もちろん、顔だって覚えちゃいない。

 小学校を卒業してから二十年近く経っていることもある。しかし一番の理由は、おれは中学に入学してから、意識して小学校の頃を忘れるようにしたからだ。

 それは、あの頃がおれにとって何の気苦労もない、楽しい時期だったからだ。思い出すとつらくなるほど、一番しあわせな時期だったからだ。

「岡嶋こそ、よくおれの顔がわかったな」
 今度はおれが苦笑した。男は成長するにつれ、姿も声もガラリと変わるのに。

「自分でもびっくりしてる。でも、顔を見たとたん、なぜかわかったんだ」
 美咲は少し得意げに微笑んだ。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 小さなアパートでの母子二人の生活を維持するために、母親はパートに出るようになった。

 やがて、母親に恋人ができた。勤め先で知り合った、八歳も年下の男だった。
 最初は微妙な年頃のおれの顔色を窺っていた男だったが、そのうちだんだん慣れてきて家に入り浸るようになった。

「まだ結婚経験のない二十代半ばの息子が、年上の子持ちの女にたぶらかされた」と思い込んだ男の親が、母親を訪ねて怒鳴り込んできた。
 母親は男の親に「別れる」ことを約束させられたが、それを聞いて逆上した男は、親と縁を切って家に居座るようになった。

 まもなく、母親はその男の子どもを身ごもった。母はまだ三十代半ばの「女」だったのだ、ということをおれは思い知らされた。

 そして母は男と再婚し、男はおれの「父」になった。
 小さなアパートからファミリータイプのマンションに引っ越した。自分の部屋が与えられた。だが、そこにいても自分の家とは到底思えなかった。
 本当の父親の家に戻ろうかと思ったが、そこにもおれの居場所はなかった。祖母の手配で、その父もまた、すでに再婚していたからだ。

 翌年、おれに十四歳も年の離れた妹ができた。
 新しい「父」がおれにつらくあたったわけじゃない。むしろ、なにかと気を遣ってくれていた方だと思う。いつまでも心を閉ざしていたのはおれだ。

 実の父は母との離婚の際に、親権を渡す代わりにおれに父の姓を名乗らせることを要求した。つまり、母は父と離婚しても旧姓に戻れなかったのだ。
 再婚するにあたって母は、新しい「父」と養子縁組することを望んだが、おれはかたくなに拒否した。だから、新しい家族の中でおれだけが「魚住」だった。

 高校を卒業したおれは、家を離れて念願の一人暮らしを始めた。おれが出て行くとき、懐いていた幼い妹は泣き喚いたが、同じ姓の家族三人水入らずで暮らすのが、この妹のためにもいいだろうと思った。

 それ以来、家には帰っていない。年に数回、母と妹がおれの様子を見にやってくるくらいだ。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 美咲の顔を一目見たとたん、しあわせだった頃も、その後の気詰まりだった頃も、記憶が一気に甦った。
 学生時代はサッカーに、就職してからは仕事に身を投じて忘れようとした、おれの「努力」はいったい何だったんだ、と気が抜けそうになった。

 そこへ、おれの「タンドリーチキン&キーマカレーのセット」の銀色のトレイがやってきた。カレーだけじゃなく、タンドリーチキンが二ピースついていたので、結構なボリュームだ。 

「岡嶋、一本やるよ」 
 おれはタンドリーチキンを美咲の銀色のトレイの上へ乗せた。 

「ありがと。実は、食べてみたかったの。でも、二本なんてとても食べられないと思って」
 美咲はうれしそうに微笑んだ。そして、フォークとナイフを器用に動かして、タンドリーチキンの骨から肉だけを削ぐように切り取った。

「あ、スパイスがすっごく効いてて、やっぱり美味おいしい。ね、魚住くん、海老プロウンもつけて食べてみて」
 美咲は自分のトレイの上の銀色のカップをテーブルの真ん中に置いた。

 おれはちぎったナンをそこへつけて食べてみると、キーマよりもまったりしていて、甘みがあった。
「お、美味うまいじゃん。キーマも食えよ」
とおれが勧めると、美咲はおれのトレイの上に手を伸ばし、ちぎったナンを銀色のカップにつけた。

 それを口に入れ、満足げに味わう美咲は、
「……イタリアンにしなくてよかった」
と、つぶやいた。

「ほんとはね、駅の向こう側のイタリアンのカフェでランチしようと思ってたんだ。だけど、新しくできたタワービルにこのお店が入ったって急に思い出したから、気が変わってこっちに来たんだよ」

 美咲の言葉に、おれの身体からだに電流が走った。  

 すっかり忘れていたが、おれは「運命の人に会うために」ここへ導かれたのだった。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...