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きみは運命の人
§ 6 ②
しおりを挟む「今、うちのチームに派遣で来ているのが、今月末で辞めたいと言っているため、その代わりに稍を入れてもらいたいんですが。ちょうど、結婚を機に前の会社を退職したので。一般事務の経験もありますし、PCはワ◯ドとエ◯セルはもちろん、パ◯ポも使えます」
——ま、おれが仕込んでんけどな。
「えっ、そうなのか?派遣会社からは、なにも聞いてないはずだがな」
和哉も「魚住課長」モードになって、タブレットをタップし始めた。
「後任が決まるまでは待ってほしい、と引き留めているので」
智史がしれっと言う。
もちろん、「八木」が辞めたいと言ってることなんて、大ウソだった。
「できれば、稍を『嘱託』の待遇でお願いしたいのですが」
(株)ステーショナリーネットの嘱託社員は給与は月給で有給休暇もあり、賞与は正社員の八掛け分が支給され、健保や年金などの福利厚生においては正社員と遜色ない。にもかかわらず、勤務時間は派遣社員と同じだった。
そもそも、結婚や出産を機に、退職を余儀なくされる女性社員を繋ぎ止めるために創設された働き方だった。
「まぁ、人事部長に掛け合ってやるけどさ。……あ、そうだ。今度の創立パーティで、直接社長にも頼んでみろよ。君は社長から目をかけられてるし、その方が手っ取り早いぞ」
——そうか、その手があったな。
「それと、稍の『名字』なんですが……」
名字?と魚住が怪訝な顔になる。
「確か、社内規定では『旧姓』って一つ前の名字のことですよね?」
それがなにか?という顔になる。
「稍には事情があって、結婚して『青山』になるすぐ前の名字を名乗らせたくないんです」
魚住が「和哉」になって、ニヤリと笑う。
「ややちゃん、バツイチで離婚時に相手の名字を選んだんか?」
——おい、こら、稍はおれとの結婚が初婚や。あんたの奥さんとは違うぞ。
「違いますよ。『事情』っていうのは、両親が離婚して、母方の姓を名乗ってるってことです。でも、おれは稍には父方である元の姓を名乗らせたいんです」
「『青山』ではあかんのか?それとも、職場では結婚してるのを内緒にするとか?」
「まさかっ!」
突然、智史が声を荒げた。
和哉がびくっ、となる。こんな感情を表に出す智史は初めてだ。
「結婚しているのは、もちろん公にします」
智史の表情が戻る。声も冷静になった。
「同じ部署で同じ『青山』だと、ややこしいじゃないですか。なので、稍には『麻生』を名乗らせます」
ただ——
「やぎ やや」というへんてこりんな名前を、智史が「妻」に名乗らせたくないだけなのだが。
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