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Last Chapter
訪問 ⑬
しおりを挟む栞がトレイを持って、奥のキッチンへ行く。神宮寺もそのあとをついて行った。
シンクの前に立った栞は、レバーを下げて勢いよく水を出し、フッチェン◯イターのバロネスの白いカップとソーサーを手洗いしていく。さすがに、食洗機には入れられないからだ。
栞が隣の水切りラックに洗ったものを置いたのを見計らって、神宮寺が背後からふわりと抱きしめた。
とたんに全身が総毛立つように、びくっ、とした栞は、一瞬払い除けるような動作をしかけたが、まだ手が濡れたままだったからやめた。
「……栞……泣くな」
先刻から水音に紛れて、ぐずっ…ぐずっ…と洟を啜る音がしていた。
「神崎——じゃなかった、佐久間のことは、もうなんとも思ってないから心配するな。おれには栞がいるのに、なんでジジイになるまであいつのことを思い続けなきゃなんねぇんだよ?」
神宮寺はそう言って、栞の首筋に自分の顔を埋めた。
一緒に住んで以来、同じシャンプーとコンディショナーを使っているはずなのに、栞の髪から香る匂いは神宮寺を誘っているとしか思えないほど甘い。
「……バカだなぁ。もう数え切れないほど栞を抱いてるのにさ。確実に今までのオンナの中で一番抱いてるぞ。そんなに心配なら、いくらでも『記録更新』してやるから、体力つけろよ?もうおれは栞しか抱けないし、栞以外を抱く気もないんだからな。……これから一生だぞ?」
ふわりと抱きしめていた腕に、神宮寺は心を込めた。
すると、栞が一際大きく洟を啜ったかと思うと、「ふええぇっ」と、泣いた子どもが放つような声をあげた。
「だっぐん……」
鼻が詰まって濁音になった栞の声は色気のカケラもない。なのに、なけなしの理性を保つのに神宮寺は必死だ。
——こいつをこのまま二階の寝室に引き摺り込んで、そのままベッドに押し倒して、貪り喰いてぇ……っ!
「前がら言おうと思うでだげど……あだじ、関西人やがら……『バガ』っで言われんの……めっぢゃ腹立づ……」
だが、その発音は東北弁にしか聞こえなかった。
神宮寺は後ろから抱きしめていた手をいったん解き、栞をくるりとこちらへ向かせた。
涙と洟でぐちゃぐちゃになった真っ赤な顔も、ひくっ…ひくっ…と吃逆をするように泣きじゃくる様子も、まるで幼い子どもだ。
やっぱり見られたくなくて顔を背けようとする栞の両頬を、神宮寺は大きな両手のひらで、すっぽりと包んだ。
——こいつ、ほんとにおれより五つも歳上か?
思わず、蕩けるような笑みが溢れる。
——かわいすぎるおれの『奥さん』は、いったいどれほどおれを夢中にして惚れさせる気だ?
「栞……」
神宮寺は栞を見つめた。
どれだけ大切に思っているか……
どれだけ一生傍にいてほしいと思っているか……
そんな想いを、どうやらまるでわかっちゃいない栞に——どう伝えてやろうか?
神宮寺は一生懸命「言葉」を探した。
なのに……ぴったりの言葉が見つからない。
——これでも、出す本のほとんどがベストセラーなのにな。
もともと、子どもの頃から書いて表現するのは得意だが、口に出して伝えるのは苦手だった。
だから、結局、すごくシンプルな言葉になった。
「……栞……愛している……」
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