契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

佐倉 蘭

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Last Chapter

訪問 ⑪

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   栞は両拳りょうこぶしを握って、断言した。

「日本のお役所は、どちらか一方から不受理申出書を提出されている場合は別として、書類の不備等がなければ婚姻届を受理してくれます。いったん受理されれば『人違いだった』とかの事由やない限り、ちょっとやそっとでは無効も取消もしてくれません。その後の婚姻関係の解消方法は『離婚』となり、その場合、ご存知だと思いますがドロ沼の裁判離婚でもない限り双方の合意がなければ成立しません」

「……はぁ?」
   今日子は「陰り」も忘れて、素っ頓狂な声をあげた。

「あっ、芸能人にたまにいてはるらしいですけど……年齢詐称とかしてはりませんよね?婚姻届には絶対に戸籍どおりに記入してくださいね。『虚偽記載』による婚姻の取消の可能性がないわけやありませんからね」

「あ…あなたっ、なに言ってるのっ!そんなのしてるわけ、ないでしょっ⁉︎」

「お相手も『芸能人』ですよね?本籍地の役所に婚姻届を提出する場合は必要ありませんが、念のため戸籍謄本を用意して年齢等を確認しておいた方がいいかもしれませんね」

   栞は親切心でアドバイスした。これでも一応、婚姻届をすでに提出済みの「先輩」だ。

「だけど、結婚できたからと言って油断は禁物です。婚姻届はお互いの気持ちがき合わなければ、ただの紙切れなんです。わたしも日夜、『たっくんをいつまでもつなぎ留める作戦』を決行中ですからっ!」

   そう告げて、栞は胸を張った。

「……先生、『奥さま』から愛されてますねぇ」
   池原が呆れ顔で神宮寺を見る。

「まあな」
   神宮寺は得意げに、にやり、と笑った。


「——わかったわ」  

   やや俯き気味で、今日子はつぶやいた。
   だが、すぐさま顔を上げて池原の方を向く。いつもの神々しいほどの華やかなオーラを放つ「女優・八坂 今日子」がそこにいた。

「池原さん、結婚を早めるわ。今からすぐに東京に帰って、事務所の社長に直談判するつもりよ」

「ええぇーっ⁉︎」

   池原がソファにけ反った。今日子の「語り下ろし」は、入籍の発表と同時に全国の書店に平積みする計画なのだ。

「ほしいものは、一刻も早く手に入れないとね。そうと決まれば、こんな山奥でこんなことしちゃいられないわ。……池原さん、帰るわよ。早く車を出して」

   池原が借りたレンタカーで、最寄り駅からここまでの山道を来たのだ。

「ええーっ、今日こそ暗い夜道を運転しなくていいと思ったのに」

   池原はこの「新婚家庭」に泊めてもらうつもりでいた。今日子がいる手前、断られないだろうとタカを括っていたのだ。

「拓真、突然来て悪かったわね」

   今日子がココハンドルを掴んでソファから立ち上がった。

「ねぇ、あなたたちは結婚式はしないの?もしするのなら……絶対に、わたしも呼んでよね」

   オーバルのサングラスを掛けながら、女優らしくちょっと惑的にそう言った。
   そして、「えっ、待ってくださいよー」という池原を顧みず、今日子は背筋を伸ばし颯爽とした姿でリビングを出て行った。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「あの人……こんな夜でもサングラスしはるんやなぁ……芸能人やからかなぁ……」

   今日子を追うようにして池原も出て行ったあと、栞は俯きがちにローテーブルの上のカップを片付けていた。

   その声が——なんだか鼻声に聞こえる。

「栞……どうした?」

   神宮寺が確かめるために顔を覗き込もうとすると、栞がカップを乗せたトレイを持って、くるりと背を向けた。

「あの……たっくん……」

   背を向けたまま、栞は続けた。

「し……しのぶさんは……無理…やから……」

「……はぁ?」

   神宮寺は、栞の背がかすかに震えているのに気づいた。

「しのぶさんは……佐久間先生のことが……大好きで……佐久間先生も……しのぶさんのことが……大好きやと……思うんです」

「……栞、なに言ってんだ?」

   震える栞の背中に、手をかけようとしたそのとき、いきなり栞が振り向いた。


「せやから……いつまでも、しのぶさんのこと待ってても……たっくんが、おじいちゃんになるだけやからっ!」

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