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Last Chapter
訪問 ⑩
しおりを挟む「池原さんがいるから、その女がだれなのかは言わないでおくわ」
池原がマスコミ側の人間だからだ。彼だって、いつ何時「愛社精神」を発揮して口を滑らせてしまうかしれやしない。
「じゃあ、なんで……あなたとではなく、そちらと結婚しはらへんのですか?」
栞は、ざくっと核心に斬り込んだ。
「ずいぶん……心を抉る訊き方ね」
今日子は冷ややかに、すーっと目を細めた。
それは撮影現場にいるだれをも瞬間的に凍りつかせる、
「あら、そう。——だったら、今日はもう帰らせていただくわ」
と告げる直前の「大女優」風の顔だった。
池原の顔が「ひっ」と引き攣った。神宮寺は「時短」になったな、とほくそ笑んだ。
しかし、そもそも『話を聞いてほしい』と言ったのは今日子の方なのだ。
そして、ここまでしゃべったからには最後まで聞いてもらわないと、この気持ちの状態のまま新幹線に乗って東京へ帰らねばならないことになる。
「女優」という仕事は、演じる以前に絶えず限られた椅子を取り合っている。
特に、今日子のような主演女優級になると、その椅子はたった一脚しかない。当然のことながら周囲は敵だらけだ。
東京にはこんなことを話せる相手など、どこにもいやしなかった。女優としてのプライドを保つのにせいいっぱいで、いつも孤独だった。
——かと言って、元カレのところに押しかけるのもどうか、と思ったけどね……
今日子は、ふーっと長い息を吐いた。彼女の陰りはますます濃く、深くなっていた。
「……彼女の実家が江戸時代から続く名家でね、『御令嬢』なの。だから今の時代でも、政略結婚をするのがあたりまえで、結婚相手を自分自身では決められないそうよ」
ドラマの撮影の合間を縫って、ここへはチーフマネージャーにも現場に付き添うマネージャーにも、だれにも告げずに「極秘」で来た。
だが、もしこの場にいて、いつも華やかな光を放つ今日子のこのような「陰り」を見たら、彼らはいったいどんな顔をするのだろうか……
「だから……彼は泣く泣くあの人を諦めて、だれに気兼ねすることなく結婚できるわたしにした、っていうわけ」
「でも……あなたは、そんなふうにほかの人に心を奪われている彼でも好きなんですね?」
栞は今日子をまっすぐ見て言った。
「彼と結婚したいんですね?」
「えっ……」
今日子の頬がほんの一瞬、さっと赤く染まった。だが「女優魂」なのか、すぐに元に戻った。
——この人自身は「結婚したい」と思うてはる。
栞はそう確信して、深く肯いた。
「せやったら——とりあえず相手との合意のうえで婚姻届さえ出せば、こっちの物ですよっ!」
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