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Last Chapter
訪問 ⑨
しおりを挟むところが——
栞はまた曖昧な笑みを浮かべて、首を微かに傾げるだけだった。
今日子の眉がぐっと寄った。
「優雅のことも知らないのね?わたしたち……まだまだ精進しないといけないわね」
「もしかして……風間さんとうまくいってないんですか?」
池原が眉間にシワを寄せて唸った。
ここへきて、今日子の「語り下ろし」の「最終章/とうとう出会った、彼との真実の愛」を変更するのは厄介だな、と思ったからだ。
そもそも「女優・八坂 今日子」が「イケメン俳優・風間 優雅」と結婚するからこその企画なのだ。
下手をすると本の出版自体がなくなってしまうかもしれない。
「ふん……俳優の『優雅』とプライベートの『優雅』は違うのよ」
今日子はそう言って、女優ではない「プライベート」の「今日子」が抱く陰りを見せた。
ちなみに「八坂 今日子」は本名だ。
「あ……それ、なんとなくわかります」
意外にもその今日子の陰りに「呼応」したのは、栞だった。
「だって、たっくんも『作家・神宮寺 タケル』しか知らへんかったときと、今のプラベの『本田 拓真』では全然違いますもん」
あの頃の(と言っても、先月の話だが)神宮寺はいつもピリピリしていて近寄りがたく、ずーっと二階で仕事していて、滅多に降りてくることもなかった。
なのに今は、隙あらば栞を連れて上がり寝室へと引っ張り込もうと企んでいる。
——いやいやいや。神宮寺先生が豹変するのは「栞ちゃん限定」だから。僕らには相変わらずだから。
そう池原は心の中で思ったが……
「あらっ、あなた……やっぱり女同士よね?わたしの気持ち、わかってくれるのね」
今日子がなんだか感極まっているので黙っておいた。
「お話なら聞きますよ。あぁ、ちょっと冷めちゃったかもしれませんが……カフェオレどうぞ」
今日子がフッチェン◯イターのバロネスから口に含んだ。
「あら……美味しい。お砂糖入れてないのに、なんだか甘いわ」
「わぁ、ありがとうございます。つい先日判明したばかりなんですけど『父の味』らしいんですよー」
栞はニコニコしながら言っているが、今日子は「はぁ?」という顔をしている。
「……栞、余計なことは言わなくていい」
神宮寺は心を鬼にして鋭く制した。今日子たちには一刻も早く、とっとと帰ってもらいたいのだ。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない」
今日子は肩を竦めた。
「池原さんから拓真が『京都妻』と一緒に住んでるって聞いて、あなたにならほかに好きな女がいるのに、別の女と結婚する『心理』を訊けるかな、って思ったのよ。……どうやら、違ったみたいだけどね」
「ふん、生憎だったな。おれは、相手が栞だから結婚したんだ。栞以外のだれと結婚するってんだよ?」
そう言い切る神宮寺に「あれ?」と栞が目を向ける。
「たっくん、最初はあたしたち、けい……」
『契約結婚するはずやったのに』
『あたしが引き受けへんかったら、しのぶさんにほかの人を探すように言うてはったのに』
と「正直に」申告しようとしたら、いきなりその大きな手のひらで口を塞がれた。
「栞、『余計なこと』を言ったら、今度はキスして口を塞ぐぞ」
神宮寺が耳元で声を殺して囁く。
——それは、あかん。こんな公衆の面前で……
栞は「余計なこと」は言うまい、と決意した。
「ちょっとっ、あなたたちっ、イチャついてないでわたしの話を聞いてよっ!先刻『お話なら聞きますよ』って、言ったわよね⁉︎」
確かに、栞がそう言った。
「たっくんも、ほらっ……聞きましょうっ!」
なので、栞は神宮寺を振り解いて「聞く態勢」に入った。
神宮寺は「冗談じゃない、なんでおれまでもが⁉︎」と思ったが、栞にホレた弱みで従うことになった。
今日子はもう一口、カフェオレを飲んだあと、口を開いた。
「優雅にはね……わたしなんかよりずっと前からつき合ってきた彼女がいるのよ」
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