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Last Chapter
訪問 ⑦
しおりを挟む「ちょっと……あなた、もしかして……わたしがだれだかわからないの?」
今日子が呆然と栞を見た。
「女優やってる——八坂 今日子っていうんだけど……」
そして、彼女は今までに主演して高視聴率を取ったテレビドラマと、邦画での観客動員数の新記録を打ち立て日本マカデミー賞の最優秀主演女優賞を獲った映画のタイトルなどを次々と挙げた。
こんなことを自らの口でこれ見よがしに言うのは、こっ恥ずかしい以外の何物でもないはずなのだが、そんなことは言っていられなかった。
だが、決死の覚悟で言ったにもにもかかわらず、栞は曖昧な笑みを浮かべて、首を微かに傾げるだけだった。
「うそっ……この国に、わたしのことをまだ知らない人がいるなんてっ⁉︎」
今日子は麗しい顔をムンクにさせて絶叫した。
「栞ちゃんが、八坂さんのことを名前も知らないって——本当だったんだなぁ……」
池原が腕を組みながら、しみじみと唸った。
「池原っ、栞のことを気安く呼ぶなって言ってるのに、先刻よりもずっと馴れ馴れしくなってんじゃねぇかよっ!」
すぐにでもこのログハウスの裏手に穴を掘って池原を生き埋めにしそうな勢いで、神宮寺が怒鳴った。
「ちょっとぉっ、この子、頭のネジが何本か抜け落ちてるんじゃないのぉっ⁉︎」
今日子は、やりきれない思いで怒り心頭だった。
必要とあれば、神宮寺をはじめとする作家やプロデューサーや映画監督と「恋仲」になってまで築き上げてきた、これまでの「女優人生」はなんだったのだろうか?
「あぁ、八坂さん、そんなに怒らないでください。彼女は、テレビをほとんど見ることがないそうなので。……でも、頭の方はネジが抜けているどころか、僕たち『凡人』より遥かに良いですよ?」
すかさずフォローに入った池原は、ついでに栞の最終学歴も告げた。
芸能科を持つアイドル御用達の高校を、最低限度ギリギリの出席日数と追試に次ぐ追試の果て、なんとかかろうじて卒業へと漕ぎ着けた今日子は、たちまちのうちに黙った。
「あっ、あのっ……あたしイラン映画やったら、テレビで観てますっ!」
栞は「誤解」を解かなければ、と思った。自分だってテレビを観るときがあるのだ。
「あのう、イラン映画にはイスラム教徒の結婚の場面が出てくることがあるんですけど、異文化の慣習を『内側からの視点』で見る機会ってなかなかないと思うので興味深いですよ。それから……」
「……もう、わかったから」
神宮寺はふんわりと抱きしめて、栞の頭にちゅ、とキスをした。「話」を終了させるためだ。
「わぁ、たっくんっ。人前でっ!」
じたばたと踠く栞を抱きしめたまま、神宮寺は冷たく訊いた。
「ところで、今日子——おまえ、なにしに来た?」
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