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Last Chapter
訪問 ①
しおりを挟むそれから一週間ほど経ったあと、華丸百貨店を経由して東京・銀座のJubilee本店にセミオーダーしていた神宮寺と栞の結婚指輪が、仕上がったという連絡が登茂子から来た。
だが、京都(といっても限りなく奈良だが)から動くわけにはいかないため、代わりに預かり受けたしのぶがログハウスまで持ってきてくれた。
「……絶対に外すんじゃねぇぞ」
そう言って、神宮寺は栞の左手薬指にピンクゴールドの平打ち指輪をぐいっ、とはめ込んだ。
「あ、残念だけど……それは無理ね」
しのぶがあっさりと言った。
「Jubileeからの伝言だけど、ピンクゴールドは金に銅・銀・パラジウムを配合してて化学反応を起こしやすいから、汗や化粧品や温泉などには気をつけてほしいんですって。ショップを通りかかったときにでもちょっと寄ってもらえれば、いつでも無料で超音波洗浄するので、メンテのためにもぜひ利用してほしい、とのことよ」
出端を思いっきり挫かれた神宮寺が「ほらっ」とぞんざいに左手を差し出す。
栞はおずおずと、まったく同じデザインの指輪をその薬指にはめ込ませた。
「へぇ……ピンクゴールドのマリッジって、ありそうでないものね。デザインもシンプルな中にも洗練されてて素敵じゃない」
栞の左手薬指を凝視していたしのぶが「あぁ、そうそう……」と気づいて、
「これ、ジュエリーデザイナーの久城さんから預かった婚約指輪のデザイン画よ」
ソファの前のローテーブルの上に置いた。
「おおっ!」と栞が身を乗り出す。
神宮寺が言い出したときは、正直「いらへんのにー」と思ったが、なにがなんでも買ってくれるというので、前向きに対応することとしたのだ。
「それと……こちらが弁護士の進藤先生に作成し直してもらった『婚姻契約書』ね。光彩先生の渾身の出来らしいわよ?」
しかし、次の瞬間——
神宮寺がその「婚姻契約書」をべりべりべり…と真っ二つに裂いて破った。
「ちょ、ちょっとぉっ!なにすんのよぉっ⁉︎」
しのぶが断末魔の悲鳴をあげた。
「ふん……神崎はあいつと結婚したときに、こんなもの作成したのか?」
神宮寺は、婚姻契約書をさらに細かくべりべり破りながら訊いた。
「 そんなの、作る理由がないじゃないですかっ。わたしたちは『普通』の結婚だものっ!」
しのぶが「なにをあたりまえのことを⁉︎」という顔で答える。
「おれと栞だって『普通』の結婚だっ!だから、おれたちにだって必要ないっ!」
神宮寺はそう叫んで、もう一通もべりべりするために手を伸ばした。契約書は双方持つので二通あった。
ところが——栞がその「もう一通」をひょいっと取り上げる。
「……栞?」
「でも、イスラム教徒の結婚では契約を取り交わすのが『普通』らしいですよ?いろいろと取り決めがあるみたいですが、その中にマフルという『婚資金』という慣しがあって、『前払い』は結納金みたいなものですが、『後払い』は離婚したときの慰謝料らしいです。婚前にあらかじめその額を決めておくそうです」
「ええっ、そんなの離婚するかどうかなんてわかんないじゃない。しかも、これから結婚するっていう一番幸せなときに決めるの?」
びっくりしたしのぶが尋ねると、栞は肯いた。
「でも、さすがにそれは……あの光彩先生でも盛り込まないわぁー」
「もともと今でも親が決めた相手と結婚することが多いそうなので、当人同士ではなく親族同士で交渉するらしいですけどね」
「なんだよ、栞……もしかして、イスラム教徒だったのか?その……マフルとかいうのを決めなくちゃなんないのか?」
またもや端を挫かれた神宮寺は、ひくひくひく…と顔を痙攣らせていた。
栞はふるふるふる…と首を左右に振る。
育った麻生の家は、敬虔な仏教徒だ。先祖代々のお骨は、京都の西本◯寺の納骨堂で健やかに眠っている。
「じゃあ、栞はまだ『契約』したいのか?まだ……おれが信じられないのかよ?」
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