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Chapter 5
対峙 ⑫
しおりを挟む「……というわけで」
栞はいきなり話題を変えた。
「結婚指輪のセミオーダー、よろしくお願いします」
平然とそう言って、ぺこり、と頭を下げる。
登茂子が「……は?」という顔になった。とっくに、本日の「商談」は諦めていたからだ。
でなければ、「上お得意様」に対してあんな失礼極まることは口が裂けても言えない。
「あたしは別にあなたが憎くて言うたんやなくて、あくまでも『姉の援護射撃』をしただけなんですよ。だって、これから姉はあなたの息子であるあたしの『お兄さん』と結婚するわけでしょう?……うわぁ、改めて思うけど、あたしたちどこまでも複雑な関係になるなぁ」
栞はさもおかしそうに、くすくすと笑い出した。
「姉には『お兄さん』と結婚することで肩身の狭い思いだけはしてほしくないんです。姉が快適に結婚生活を送れるためなら、手段は選びません。あたしがあなたに売れる恩やったら、喜んで売り飛ばします。ほんで、『援護射撃』はこれでおしまいやなくて、これからもずっと続くんで」
空恐ろしいことを、こともなげにさらりと言う。
登茂子は、鼻筋がすっと通った栞の理知的な面立ちに、我が息子・智史の面影を見た。
やっぱり……この兄妹は似ている、とつくづく思った。
——たぶん、稍ちゃんのことを一心に思う気持ちも。
「そういうことなら……先刻オーダーした婚約指輪も、ぜひ頼むよ」
神宮寺までもが「援護射撃」を始めた。
「えっ?たっくん、『婚約指輪』って?」
栞が目を見開いて、神宮寺に尋ねる。
「結婚指輪と同じところの方が統一感があっていいだろ?鮫島社長のブランドでフルオーダーするように頼んだんだ」
栞は「ええっ、いつの間にっ⁉︎」という顔をしたあと「そんなの、もったいないよー」と眉を寄せた。
「いいんだ、おれの栞への気持ちだから。それに、ちゃんとした形でこの結婚を公表したら、栞にはおれのエスコートでいろんなパーティに出てもらわなくちゃいけなくなるからさ。その都度アクセサリーを用意することを思えば、リーズナブルなもんだ」
そう言って、今度は恋人つなぎはせずに、神宮寺は栞のか細い腰に手を回して、そのまま自分の方に引き寄せた。
このあとできあがった指輪に使われたダイヤモンドは、鮫島社長自らがインドのムンバイへ直接買い付けに出向いて確保した裸石で、重さのグレードは言うまでもなく、無色透明の最高値を表すDカラー、透明度は拡大鏡で十倍しても内包物が認められないFlawless、さらに研磨は表面・対称性・全体像がすべてExcellentである3EXだった。
専属ジュエリーデザイナーの久城 礼子は、敢えてアームを何の装飾もないシンプルなデザインにした。それが一番引き立つと思ったからだ。
その代わり、大きな裸石がさらにいっそう大きく輝いて見え、そのうえ違和感のまったくない自然なつけ心地になるようにと、心血を注いだ。
やがて、栞がパーティでお披露目したとき、やわらかなピンクゴールドの環に浮かび上がった眩いばかりのダイヤモンドのエンゲージリングが、同じピンクゴールドのマリッジリングと優美な調和を奏で、見る者のため息を誘うことになる。
当然のことながら、予算めいっぱいの一千万円になってしまった。
(それでも、海外の宝飾ブランドで誂えることを思えば破格のリーズナブルさなのだが……)
もちろん、神宮寺が栞に知らせるわけがない。
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