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Chapter 5
対峙 ⑩
しおりを挟むそもそも、神宮寺の「京都妻」として週刊古湖に撮られた栞を、マスコミの餌食にさせないための対策として思いついたのが、婚姻届を提出して正式な夫婦になることだった。
そんな突拍子もない「提案」にもかかわらず、
『あたし……先生と、入籍しますけど?』
と、栞はすんなり応じた。
——それって、栞自身が「婚姻制度」そのものに懐疑的っていうか、信用していないからなんじゃないのか?
あのような経緯で生まれざるを得なかった栞とって、そういう考えに至ってしまうのは無理もないことであるのかもしれないが……
——失敗したな。
最初から栞の生い立ちを知っていれば、もっときちんと段階を踏んで、栞には決して「契約」だなんて思わせない結婚ができたはずなのにと思い、神宮寺は激しく悔やんだ。
——いや、違うな。
神宮寺自身、入籍することを「提案」したあのときはまだ、栞に対して今のような気持ちになるだなんて、夢にも思っていなかったのだ。
とにかく一時でもマスコミの目から逃れられることが目的で、結婚生活を継続させるつもりなんてさらさらなかった。
最初から離婚してバツイチになるのが前提だった。
——だったら、婚姻届をただの『紙切れ』だと思ってたのは、むしろおれの方じゃん。
栞とつないでいない方の手で、神宮寺は自分のやわらかな前髪をぐしゃり、と掻き上げた。
だけど——
「……違うんだ……始まりはあんなふうだったけど、今のおれは、栞をずっと……」
懇願するような目で神宮寺は栞を見た。
一度この手にした栞を手放すなんて、今の神宮寺にはもう考えられなかった。
——うっ、たっくん、やっぱしかわいすぎる……
栞の心臓をぶち抜く垂れ気味の目だ。
「たっくん、そんな顔しやんといて。あ……今度はちょっと説明不足やったですね」
つながれている方の神宮寺の手の甲を、栞はつながれていない方の手で、ぽんぽん、とした。
「熱烈に愛し合っていようが、または友達のようなパートナーシップであろうが、つながり方の形は夫婦それぞれやと思います。せやけど、もしお互いの気持ちが通い合っていないのであれば、婚姻届なんてただの『紙切れ』で、国から法的な権利関係が保障されるためだけの単なる『契約書』でしかありません」
栞は、神宮寺と登茂子をじっと見据えた。
「それに、たとえ今はどんなに心が通い合ってたとしても安心はできません。どんな夫婦でも、いつお互いがイヤになって心が離れて『紙切れ』や『契約書』なってしまうかしれへんからです。そうなったら、今度は『離婚届』を提出することでいつでもその婚姻関係を破棄することができる——脆くて拙い『約束』なんです」
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