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Chapter 5
対峙 ⑥
しおりを挟む「あたしは……その『不貞行為』によって生まれた『不義の子』です。自分ではどうしようもないけど——でも、そうなんですよね」
栞は混じり気のない澄んだ目でそう言った。登茂子の目とは対照的だ。
すると、先刻からずーっと栞につながれている手が、ぎゅうぅっと力を込めてきた。
ふと見ると、いつもふてぶてしさを全開にしているその手の主が、まるで迷子になってしまった幼い男の子のように、心許なさげな顔をして見つめ返してくる。
笑うと垂れ気味になるアーモンドの形をした瞳が、今は心配そうに「大丈夫か?」と問うている。
——うっ、たっくん、かわいすぎる……
「大丈夫」と答える代わりに、栞もぎゅううっと握り返した。
栞にとって、なによりのパワー充電となった。
「今まであたし……自分はなんで生まれてきてしもうたんかなぁ、って思い続けてきました。あたしの両親は互いに別の人と結婚してるにもかかわらず、なんであたしを産もうと思ったんやろ?って。もし、避妊に失敗したんやったら堕胎することもできたのに、麻生の父の戸籍に実子として出生届を出してまで、なんでやろ?って。
考えてみれば、互いの家庭を壊すこともなく、それでもあたしを産むのって、実は一番『リスク』のある選択肢なんですよね。……ほんで、やっぱし最悪の結果になりましたけど」
登茂子が反論しようと、口を開きかける。
「えーっと、それが倫理的にどうなのか、っていうことでしたよね?」
しかし、栞は制した。
「そもそも……『倫理観』というのは時代によっても変わりますし、国や文化によっても異なります。そして、その時々の為政者の指向に左右されることも多々見受けられます。
日本の戸籍制度は、中国の唐時代の律令制度に倣ってつくられた大宝律令に則ってできましたが、その主たる目的は『税の徴収』です。班田収授法によって六歳以上の男女に租税を負う義務が生じたので、家族関係を把握することで税の取りっぱぐれをなくそうとしたためで『不貞行為』などの概念はありません。
さすがに現代では、秩序を法的に担保し、なおかつ抑制力とするためにも必要なのでしょうが、それでも『不貞行為』は刑事裁判で刑罰が科される犯罪とは一線を画しています」
「あら、旧民法では……『姦通罪』ってあったはずやんな?あれは刑事罰やなかったっけ?」
話を遮られてムッとした登茂子が、栞の論の隙をつく。
「確かに、改正される前の旧民法では刑事罰の姦通罪がありました」
登茂子の顔が「ほら、やっぱり」となる。
「でもそれは、 既婚者同士の不貞行為に限り、男性側の不貞行為に対しても処罰される可能性がないこともないのですが……実際的には『女性側の不貞行為のみ』が処罰の対象でした。
なので、表面上は不貞行為を処罰する形をとってはいても、本来の目的は明治維新後の新政府が封建的な男性優位な社会を堅持するためであると、そのための施策の一つであると、あたしは解釈していますが?
そして、改めて言いますけど『姦通罪』は現行下の民法では廃止されている刑罰なので、現在の法制下では適用されません」
栞はいっさい表情を変えず、平然と論を重ねた。
「そしたら、法的に処罰されへんかったら不倫してもええっていうこと?せやったら、婚姻制度自体が成り立たなくなるやないの?」
登茂子が「話にならへんわね」と嘲笑う。
未だに洋史との「婚姻関係」を継続していることも「智史の母親」というのと同じくらい、彼女にとっての「拠り所」だった。
「だからこそ、継続が不可能になった際には婚姻関係の終了——つまり、『離婚』があるんやないんですか?」
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