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Chapter 5
対峙 ③
しおりを挟む「……あんたらも、『恋人つなぎ』?」
登茂子が心底呆れた声で嘲笑う。
「おれは、惚れた女を『守ってる』だけさ。たぶん……青山さんの息子と同じようにな」
神宮寺がしれっと返した。つながれた手に、ぎゅっと力が篭った。
——あぁ、そうか。おねえちゃんも、こんなふうに「お兄さん」に守ってもらってたんや。
そして、きっと「あの頃」の気持ちをずーっと忘れられなかったのは「兄」の方もだったに違いない、と思い至った。
「改めて訊きますけど……なんで、姉と『お兄さん』は引き離されやなあかんかったんですか?」
栞の問いかけに、登茂子は「今さら、なにをわかり切ったことを」という顔をした。
「そんなん……みどりと洋史が、神戸の震災のあと、駆け落ちするみたいになにもかも置いて出て行ったからやないの。そしたら、智史は母親であるわたしが、稍ちゃんは父親である麻生さんが、引き取るのが当然のことやないの?」
みどりとは栞の母親の名で、洋史とは栞の実の父親の名だった。
「でも、本当にあの人らは『なにもかも置いて』出て行ったんですか?それに『駆け落ちするみたいに』ということは、あの人らは黙って姿を消したわけやないっていうことですよね?」
登茂子が「なにが言いたいの?」という顔をする。
「ずっと、気になってたんです。あたしはあの人たちの両方とも、血ぃがつながってるのに、そのあたしを——なんで置いて行ったんかなぁ、って」
だけど今、目の前のこの人を見て、わかったような気がした。
「もしかして……連れて行きたくてもできひんかったからやないですか?」
栞には、この人の目の奥にどんよりとした昏い「澱」が見えるのだ。
その澱みはとんでもなく深いところに沈んでしまっていて、決して表面に上がってくることがない。
だから——だれも掬って取り除くことができない。
「話は少しズレますが……『お兄さん』はあの頃、晩ごはんにってお金を持たされてても、コンビニのおにぎりとかしか食べてへんかったそうですね?それを見かねて、うちの母がほとんど毎日うちに呼んで晩ごはんを食べさせてあげてた、って姉から聞いてるんですが」
登茂子の眉間にぐっとシワが寄る。
「そやかて……仕方がないやろ?あのとき、ようやく役職に就いたところで、仕事を放って帰るわけにはいかへんかったのよ。百貨店は女子従業員の方がずっと多いのに、管理職は男性社員ばかりやったから、少しでも風穴を開けるために、家庭のことは犠牲にするしかなかったのよ。……それに、智史はわたしだけの子どもやない。父親である洋史にかって責任はあるわ。激務やったのは、研究職のあの人もよ」
「別にうちの母親の擁護をするわけやなくて、あくまでも客観的な見地からなんですが……」
栞の「目的」はあくまでも、姉のための「援護射撃」だからだ。
「そんなふうに『お兄さん』のことまで心配して世話していた人が、あたしらを置き去りにして出て行ってしまえるもんかなぁと、どうしても思わずにはいられへんのです」
栞の脳内では神経伝達物質が、絶え間なく流入する新しい「情報」へ触手を伸ばしていた。
「もしかして母は、あたしだけやなくて、姉も『お兄さん』も『みんな一緒に連れて行きたい』って言うたんやないんですか?あたしにはそういう行動に出る方が自然に思えるんですけど」
さらに、今までの「情報」につなげられていく。
「けれども……あなたも、そして麻生の父も、それを拒んだんやないんですか?」
そうして、栞の脳内で弾き出されたものは……
「たぶん、自らのプライドと意地のために。そして——あの人たちを『幸せ』にしないために」
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