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Chapter 5
対峙 ②
しおりを挟むしかし、そのとき不意に——
『そこの家には男の子が一人おってんやんかぁ。……あたしと、同い年の子ぉや』
と告げたときの姉の横顔が、栞の脳裏に甦ってきた。
彼女の目は、西日が降り注ぐ縁側の奥の坪庭を抜けて、もっと遠くの「なにか」を見つめていた。
その瞬間、点と点だった「情報」が栞の脳内で神経伝達物質によってつながった。
——おねえちゃん、もしかして、あたしの「お兄さん」のこと、ずーっと忘れられへんかったんとちゃうやろか?
もし、そうであるならば……
栞は決意した。
——神戸には行かれへんかったから、おねえちゃんらがおとうさんに報告しはるときには、あたしが味方して「援護射撃」できひんかったけど……
栞は、自分が悪いわけでもないのになんとなく後ろめたくて俯きがちだった顔を、すくっと上げた。
登茂子の鋭い切れ長の目と合った。先刻までの温かく見守るような目をした人とは別人かと見紛う、まるで雪女ように凍え切った目だった。
けれども、栞は怯まず、しっかりとその目を見返した。
彼女が、栞の姉と「兄」の結婚に対して快く思っていないのは明らかだ。
GWに二人が会いに行ったときの「歓迎」されなかったであろう様子もありありと想像できる。
——おねえちゃんのために、ここであたしが「援護射撃」したるえっ!
栞はまっすぐ登茂子を見上げた。
「うちの姉は本当にあなたの息子さん——あたしの『お兄さん』のことが好きなんやと思います」
その言葉に、登茂子は目を眇める。
「栞ちゃん……あんた、自分が生まれた経緯を知ってんねんやろ?せやのにわたしが、あの子らの結婚を許せると思う?」
血も凍るような氷点下の声で訊く。どうやら、栞は彼女の「地雷」を踏んでしまったようだ。
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思わず、栞の喉がひりついた。ごくり、と唾を飲む。
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——「恋人つなぎ」や……
その瞬間、栞はえもいわれぬ「力」が心の底から湧き上がってくるのを感じた。
——あたしは、一人やない。あたしには……たっくんがおる。
そして、栞は悟った。
——なにがあっても……たっくんがあたしを支えてくれはる。
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