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Chapter 5
指輪 ③
しおりを挟むL字型のソファに促された青山 登茂子は、早速とばかりにトートバッグとは別に持っていた黒のアタッシュケースをローテーブルの上に置いた。
——先刻、「八木」って名乗ってしもうたけれども、まさか気ぃついたはらへんやんな?
栞はどきどきしながら、彼女の顔を窺う。
——うーん、でも「青山」って、別にめずらしい名前ってわけやないからなぁ。人違いかもしれへんし……
「奥さまが『栞』さんだなんて、作家の方にご縁のある、ぴったりなお名前ですわね」
登茂子は神宮寺と栞に向けて、屈託なく穏やかにそう言いながら、アタッシュケースの留め金をパチンパチンと外して、前面を大きく開ける。
すると、中はベルベッド地のリングホルダーとなっていて、プラチナはもちろんイエローゴールドやピンクゴールドの結婚指輪がずらりと並んでいた。しかも、すべて神宮寺と栞の号数が一対となって揃えられている。
「……うわぁ……すごい……」
アクセサリーに疎い栞でも、思わずため息のような声が漏れた。
——今は「余計なこと」は隅っこに置いといて、せっかくたっくんが買うてくれはるっていうねんから、リング選びに集中するえっ!たっくんが気に入らはって、ずーっとつけておきとうなる結婚指輪を選ぶえっ!
不発に終わってしまった「たっくんをいつまでもつなぎ留める作戦」第一弾を挽回する第二弾を投下できるかもしれない。
栞は心の中の前向き思考のスイッチを押した。
「小笠原の見立てですべてご用意しましたが、念のためこちらで号数を確認いたしたいのですが、よろしゅうございますか?」
登茂子がサイズを測定するためのリングゲージをじゃらりと取り出しながら尋ねる。
そして二人とも測った結果、やはり小笠原の言うとおりの号数であった。
「……武尊のヤツ、相当遊んでやがるな」
神宮寺がぼそり、と言った。
栞は、『遊んで』いるのは彼らの一族の細胞に潜む「DNA」の所以であろう、と思った。
「それではどうぞ、どちらからでもお試しくださいませ」
「ええっ⁉︎こんなにあったら、どれからつけたらええのか、わからへんわぁ……」
アクセサリーに慣れない栞は困惑した。
「とりあえず、端から順につけていってみな?おれは栞が気に入ったんなら、なんだっていいからさ」
神宮寺は上段の一番端にある一対の指輪のうち、栞の号数の方を引き抜いて、栞に渡した。
——こんな指輪一つが、池原はもちろんほかのヤツらにも「栞がおれの妻」であることを知らしめるのか。
そう思うと、知らず識らずのうちに蕩けるような笑みがダダ漏れしていた。
「ええっ、そんなん責任重大やんかぁ。二人の結婚指輪やのにぃー。たっくんも一緒につけてみようよー」
焦った栞は、あわてて神宮寺の方の号数の指輪を抜き取り、彼に渡す。
——たっくんが気に入った指輪にしやんと、「たっくんをいつまでもつなぎ留める作戦」の第二弾も不発に終わるやないのっ⁉︎
すると、登茂子が堪りかねたかのように、ぶふっと噴き出した。
「あぁ、申し訳ありません。あまりに『普通のお若いカップル』に見えたもので。いつも冷静沈着で滅多に表情をお崩しにならない、あの『拓真さん』が……」
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