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Chapter 4
幽境 ⑤
しおりを挟む「いや、いい……従兄に頼むから」
「あっ、そうですよね」
しのぶは肩を竦めた。
神宮寺の実家の本田家もまた、松波屋と肩を並べる老舗のデパート・華丸百貨店の創業家の一翼を担っていたのを思い出したからだ。
「栞ちゃん、先生はお金持ってるからね。宝石の大きさとかデザインとかに希望があったら、遠慮なく先生に言いなさいよ?」
——今の先生だったら、栞ちゃんのためにどんな高価なリングだってぽーんと買ってくれるはずだわ。もし「契約満了」になったら、売っ払えばいいのよ。
しのぶの顔が、まるで江戸時代の遣り手ババァのようになっている。
「そうだ!ついでに婚約指輪も買ってもらいなさいよ」
「えっ、そんな……とんでもないっ」
栞は首と手のひらを同時に左右に振った。
「あら、栞ちゃんは『作家・神宮寺 タケルの妻』になるのよ?今は守ってあげられてるけれども、いずれ世間にバレたら、否応なく出版記念パーティとか華やかな席に引っ張り出されることになるわよ」
栞は「えええぇーっ⁉︎」とムンクの顔になる。
「そういう場では、婚約指輪と結婚指輪を重ねてつけるといいわ。わたしがそうしているの。でないと、毎回違うアクセサリーを用意する羽目になるわよ?」
しのぶはマリッジと同じフレ◯ドのフォース10のエンゲージも佐久間からもらっていた。
「……栞、身長何センチだ?」
突然、神宮寺から尋ねられる。いつの間にか、タブレットでスワイプとスライドとタップを繰り返していた。
「えっ?……一六〇センチですけど……」
栞がそう答えると、神宮寺が間髪入れずにさらに訊く。
「体重は?」
——はぁっ⁉︎
「せ…先生っ、『女子』になんてこと訊いてるんですかっ⁉︎」
しのぶがいきり立った。
「早速、従兄にL◯NEを送ったんだよ。そしたら、指輪の号数を知りたいから、身長と体重と指の形状を教えろ、って言うからさ。ヤツにはそれで判るらしいんだ」
栞が指輪やネックレスなどのアクセサリーをつけているところを見たことのない神宮寺は、彼女が左手薬指のサイズを把握しているとは、とうてい思えなかった。
そして、それは正しかった。
栞が渋々、恥を忍んで体重を告げると、華丸百貨店から口が固くて特に信用の置ける外商部の者が、厳選したリングを持ってこのログハウスを訪れるという話になった。
本来であれば、神宮寺の従兄である小笠原 武尊が出向くのだが、残念ながら中国に進出した店舗の責任者として問題が山積していた。
さらに彼は、この六月に結婚を控えている唯一無二の親友からその準備を一切合切「丸投げ」されていて、とてもじゃないけれど従弟のために京都(ほんとは限りなく奈良)まで来られる状態ではなかった。
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