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Chapter 3
告解 ⑤
しおりを挟む栞は朝から時計ばかり見ていた。
父親と姉とは、夕方に神戸の異人館にある老舗ホテルで会う約束をしている。
明治の初めに開業され、神戸だけでなく日本の中でも最古の西洋式ホテルと言われる、最高級のホテルだ。
昼過ぎになって、その地までの行程をシュミレーションする。万全を期すためにも、実行する前に「イメトレ」するのは得意な方だ。
——まず、車で近鉄高◯原駅へ行って……橿◯神宮前方面行きで西◯寺駅まで行ったら、阪神電車に乗り入れしてる急行で尼◯駅まで行って……そこから三◯行きの特急に乗り換えて……うわっ、そしたらもう、そろそろここを出やな、時間的にヤバいやーんっ。
もう——泣きそうだった。
そして、とうとう待ち合わせの時間になり……それも過ぎ去って行った。
まさに「光陰矢のごとし」な一日を奥歯でぎりぎりと噛み締めながら、栞は神戸方面に向かって手を合わせた。
——おねえちゃん、行かれへんくて、ごめん。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……栞、なにしてるんだ?おれ、腹が減ったんだけどさ」
仕事部屋にしている二階の書斎から、神宮寺が降りてきて、能天気に宣った。
——だっ、だれのせいで、手ぇ合わせてると思ってんのよっ⁉︎
元はと言えば、今までにイヤってほど数々の浮名を流した「作家・神宮寺 タケル先生」のせいなのだ。
栞に生まれて初めて、殺意が芽生えた。彼が「大好きなたっくん」でなければ、殺ってしまっていたかもしれない。
「先生、今日行かれへんのは仕方ないですけど……せめて、姉にL◯NE通話させてください」
栞はこれ見よがしに「先生」と呼んでやった。
とたんに、神宮寺「先生」の顔が不機嫌に歪んだ……いや、拗ねたのだろうか?
栞は、L◯NEで姉の稍を開いて【無料通話】をタップした。
数コールのあと、声が聞こえてきた。
『もしもし……栞ちゃん?どないしたん?』
姉の声だ。申し訳なさでいたたまれなくなる。
「あ、おねえちゃん……ごめん。そっちには行かれへんようになってしもうてん」
『ええっ、なんでっ? 会いたかったのにぃ』
——あぁ、おねえちゃん、本当にごめん。
『栞、来られへんようになってんてぇ』
父に「報告」しているのだろう。稍の声が少し遠くなった。
『ええっ⁉︎ ウソやろっ⁉︎ なんでやねんっ⁉︎』
男の人の声が飛び込んできた。
——おとうさん? それにしては……なんか声が若いような?
『栞ちゃん、なんでなん?会うの、楽しみにしてたのにー』
稍の声がまた近くなった。心の底から残念そうな声だ。
『うん、おねえちゃん、ごめんなぁ。あの……先生が……その……急な仕事で……離してくれへんくって……』
「事情」は話せないから適当な言い訳となり、疾しさからどうしてもごにょごにょした口調になってしまう。
けれども、昔からなにかと察しの良い稍は、栞の言わんとするところを理解した。
『わかった、わかった』
しかも、ありがたいことに、栞の「事情」をすんなり受け入れてくれたようだ。
『……あ、智史……栞と話したい?』
『えっ、い、いいのか?』
こころなしか、上擦った声が聞こえてきた。先刻の男の人の声だ。
——今、おねえちゃん、確か……『智史』って言わはったやんな?
「えっ、うそっ……『智史』って、もしかして……なぁ、なんで、そこにいたはるん?」
今度は栞の声が上擦る番だった。
「ほっ、本当に話すのん?こっ、心の準備がっ……」
しかし、彼の「声」がスマホの向こうから聞こえてきた。
『……も、もしもし……』
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