契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 3

共寝 ①

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   すでにそれぞれ風呂も済ませて、あとは就寝するばかりだ。

   神宮寺の宣言どおり、しおりは彼が仕事部屋にしている書斎の奥にある主寝室マスターベットルームに引っ張り込まれていた。

   ほの暗いオレンジ色のフロアライトだけに留められた照明あかりの下では、否が応でもムーディな雰囲気を醸し出している。

——ここには掃除するために入って、いつもベッドメイキングもしてるけど……

   だが、その「掃除」という言葉でふと「やっておかなければならないこと」を思い出した。

「あ、ちょっとすいません」

   栞は備え付けのクローゼットを開けてバスタオルを取り出した。そして、ベッドに掛けられたブランケットをめくって、シーツの上にそれを広げる。

——「初めて」って、どのくらいの血が出るんやろ?

   ともあれ、生理中に粗相したときのように、ぺったりと血が付着したシーツを洗うのは厄介だ。
   仕事とはいえ、家事にかける労力はなるべく軽減させたい。この家のハウスキーパーとして、洗濯するのは栞なのだ。

   それは、神宮寺と「婚姻契約」を交わしたとしても変わらない。
   契約書にはハウスキーパーとしての対価である「給与」や寸志程度の「賞与」、そして神宮寺の会社の従業員としての「社会保険」も、継続して保障されるとの記載があった。

「……へぇ、『ありえねぇ』って顔してたわりには、すっかりヤる気じゃん。いくらなんでも『初日』からはかわいそうだから、慣らす程度にしておいてやろうと思ったんだけどな」

   栞は首だけ振り返って、神宮寺を見た。

——なんやぁ、一応、そういう「配慮」をしてくれはるつもりやったんや。

   確かに「引っ張り込んだ」のは神宮寺かもしれないが、逃げようと思えば逃げられた。

   なのに——栞は「引っ張り込まれていた」。

「でも……先延ばししても結局のところヤるんだから、別に『遠慮』することもないか」

   神宮寺はそう言うと、後ろから覆いかぶさり栞をベッドに沈めた。


——契約書に盛り込んでまで「守ろう」としてくれはった、しのぶさんには申し訳ないけど、もしかしてこういうのも「自然の流れ」っていうのとちゃうんやろか?

   ぎしっと軋むマットのスプリングの音とともに、のしかかってくる神宮寺を迎えながら、栞はそう思った。

   そもそも、栞には二十七歳の今まで特に身持ちを固くしていたつもりもなかった。

   両親のことがあって、結婚というものに現実味を感じたことはなかったけれど、しかるべき彼氏ができれば、それこそ「自然の流れ」で身体からだを許すことにやぶさかではなかったし、またそうなるものだろうと思ってきた。

   にもかかわらず、だれからも手を出されずここまで来た、というそれだけのことだ。

   そうなるとこの時代、今度は逆にこの歳になってまで「保ち続けている」ことが、知らず識らずのうちに、なかなかのプレッシャーになってくるのだ。男の人から見ると、ますます手が出しにくい「重い」存在になっているように思う。

   そんな中、やっと奪ってくれるという「奇特な相手」が現れたのだ。
   それも、ちょっとやそっとではお近づきになれないイケメンのベストセラー作家である。当然、今まで浮名を流してきたのは女優やモデルなどのセレブリティな女性ばかりだ。

   そんな雲の上のひとと思いがけず入籍することになって(「契約結婚」ではあるが)、しかも、向こうから寝室ベッドルームに誘われたのだ。(「禁断症状」を起こしているのに手近にオンナがいないからだが……)

   栞よりずっと若くてもセックスに手慣れた神宮寺であれば、きっとこともなげに破瓜はかを済ませてくれるに違いない。

   それに……


——「初めて」がたっくんやったら、あたし、後悔することはないと思う。

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