契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
29 / 88
Chapter 3

契約 ④

しおりを挟む

——栞?

   突然名前を呼び捨てされた栞は、びっくりして目をぱちくりさせた。

——確か、つい先刻さっきまで、あたしのこと『あんた』って呼んではりませんでしたか?

「結婚して『夫婦』になるんだから『妻』のことを呼び捨てにしてなにが悪い?」

   神宮寺はふふん、と不敵に笑った。

——なんか、ムカつくんやけれども……

   栞は上目遣いで、じろっと見上げた。

「そもそも……『結婚』ってこんなに簡単に決めてええもんなんですか?先生のご実家は、なんて言うたはるんですか?ご挨拶とか行かなくてもええんですか?」

   ちょっと、イヤミっぽく尋ねてみた。

「あぁ、うちは兄貴が大学卒業してすぐに学生時代からつき合ってた彼女とデキ婚したからな。一応、両親には『アシスタントの女と入籍するが、デキ婚ではない。それから、マスコミには絶対に言うな』って、L◯NEで言っといた。そしたら、結納とか結婚式とかのことを聞いてきたから『しない』って返しといた」

   だが、神宮寺からはこともなげに返された。

——えっ⁉︎ 『契約結婚』とはいえ、両親にはL◯NEで報告?

   栞が思わず顔をしかめると、神宮寺は女親の方は男親のようにあっさりとはいかないのか、と取ったらしく、
「もしかして……そっちは『挨拶に来い』とか言われてるのか?」
と、ちょっとあわてた声で訊いてきた。

「あ、いえ……うちの父親と姉には、まだなにも言っていないので」

   栞がそう答えると、神宮寺はいつもの不機嫌な形相になった。

「なんだよ?そっちは報告すらしてねえじゃん!あんた——本っ気で、おれのことに興味ないのな?」

   また『あんた』に逆戻りである。なぜかちょっぴり、栞の胸がぎりっとした。

「だって、先生のことをどこまで話していいかわからへんかったし、もともと先生のアシスタントをお引き受けするときにも、先生のお名前はだれにも言わへん約束やったやないですかぁ。それに、いずれ解消することが決定事項の『契約結婚』やから、別にわざわざ言わんくてもええかな?とも思って……」

   栞にだって「言い分」があるのだ。

「ふうん……まぁ、言わないで済むものなら、そうしてもらった方がありがたいけどな」

——やっぱし、そうなんや。

「だけど、これからはおれのこと『先生』って呼ぶのはやめろよ」

——はい?

二十歳ハタチそこそこのおれみたいなのを『先生、先生』って呼ぶヤツは信用できねぇからさ。特に、池原みたいなヤツな。あいつ、絶対に心の中じゃおれのこと『先生』なんて思ってないぜ」

   神宮寺は吐き捨てるように言った。

「でも、しのぶさんも『先生』って呼んでらっしゃいますよね?」

   しのぶは神宮寺よりも十歳上で、池原よりもさらに歳上だった。

「神崎が結婚する前までは違ったさ」

「へぇ、そうなんや。なんて呼ばれてはったんですか?」

   そのとき、いかめしかった神宮寺の顔がふっ、と緩んではにかんだように見えた。

「……『拓真くん』……だったかな?」

   栞は記憶の底にかすかに残る、神宮寺が日本ファンタジー大賞新人賞を受賞したときに行われたインタビューの、まだ初々しい高校生だった頃の彼をそこに見た。

「じゃあ、先生、あたしがしのぶさんの代わりに『拓真くん』って、呼んだげましょうか?」

「……はぁ?」

   だが、言ってはみたものの、それはなんだか烏滸おこがましい気がした。
   唖然とする神宮寺を尻目に、そのとき栞は閃いた。


「『たっくん』って呼んでもいいですか?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...