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Chapter 3
契約 ③
しおりを挟むリビングのL字型のソファで、しのぶが置いていった弁護士から預かったという契約書の原案に栞が目を通していると、
「……どこか、気になるところでもあるのか?」
神宮寺がやってきて、隣にどかっと腰を下ろした。
「……本田……拓真……」
また栞の心の声がダダ漏れていた。
「なんだよ。いきなり人の本名を呼び捨てにするなよ」
神宮寺がぎろり、と睨む。
「すっ、すいませんっ、本名は違う名前なんやなぁ、って思うたらつい……」
しどろもどろになる栞に、はああぁーっと神宮寺が深いため息を吐く。
「あんた、本気でおれのことに興味ないのな?」
栞は気まずい笑みを浮かべた。
「おれのアシスタントになったときも、『契約』とはいえ結婚するとなったときも、おれのこと調べなかったのかよ?ふつう、W◯kiくらいチェックするんじゃね?そりゃ、ウソも書いてあるけどさ」
そんなこと、栞はまったく思いもよらなかった。
「あのさ、契約結婚だってことがバレないためにも、最低限今からおれが言うことくらいは覚えておけよ?」
栞はぶんぶんぶん、と首を縦に下ろした。覚えることは結構、得意分野だ。
「ペンネームの『神宮寺』は、高校生だった当時住んでいたおれの実家が神宮外苑にあって、周囲に寺もあったから適当にくっつけてみた。そして『タケル』は、大阪に住んでいた従兄の名前を、なんとなく勝手に拝借した」
——今となっては「先生の名前」としか思えへんけど、かなりアバウトに名づけられたペンネームやってんなぁ。
「そもそも『作家』になんか、なるつもりもなければ、なれるだろうとも思わなかったのに、たまたま思い浮かんで書いた短編を応募したら、新人賞を獲っちまった」
——それって、「才能」ってヤツですか?必死で手当たり次第にいろんな文学賞に応募してがんばったはる人から、闇夜に後ろからバッサリ袈裟懸けにされはりますよ?
「国語学国文学専修」だった栞は、大学や院時代にいた、そういう「作家志望」の人たちの顔が浮かんできた。
佐久間からは『君みたいな人は、行かない方がいいよ』と忠告されたにもかかわらず、好奇心のあまり一度、誘われるままにそういう人たちが運営している純文学系の同人誌の会合にオブザーバーとして出席したことがある。
その日、批評されるために差し出された、ある会員の渾身の作品は、みんなで寄ってたかって、まるで重箱の隅を突くように細かな矛盾点がいくつも炙り出されて酷評された。
栞にはまるで、その作品が「世間から自分の作品が認められない」会員たちの、やり切れない思いの吐け口として生贄になり「公開処刑」されているように見えて、なんだかすべてが哀れに思えて早々に帰途についた。
佐久間の言うとおりだった。
ちなみに、その同人誌からプロになった人はいない。いろんな意味で、神宮寺とは「対極」の人たちだった。
「おい、聞いてるのか……栞?」
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