27 / 88
Chapter 3
契約 ②
しおりを挟む神宮寺としのぶが同時に栞を見た。二人とも目を見開き、目の前でなにが起こったのか、とても信じられないという顔をしていた。
「栞ちゃん、あなた……知らなかったの?」
震えるしのぶの声をかき消すように、神宮寺が大きく息を吐いたあと、言った。
「……ふつう、婚姻届には『戸籍名』を書くんじゃないのか?」
超絶に不機嫌な声だった。
「ええっ⁉︎ 『神宮寺 タケル』って……ペンネームやったんっ⁉︎」
栞はムンクの顔になっていた。
「うっわーっ、なんかショック~ぅ!『神宮寺 栞』って名前になるの、ちょっとカッコいいかも~!って、密かに思うてたのにっ!」
すっかり心の声がダダ漏れしていた。
「……っていうことは……あたしはこれから、『本田 栞』っていう、わりと普通の名前になるんやっ⁉︎」
「悪かったな。ちっともカッコ良くない『わりと普通の名前』で」
神宮寺は超絶をさらに超えた、史上最低最悪の不機嫌さを全開にしていた。
「つべこべ言わずに……早く書けっ!」
ノベルティの「古湖文庫 秋の百冊」ボールペンが飛んできた。
栞はひいいぃ…っという世にも哀れな悲鳴をあげながらそれをキャッチし、もしかしたら一生にたった一度かもしれない婚姻届の署名をすることとなった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……じゃあ、それぞれの戸籍謄本が送付されてきたら、わたしが最寄りの役所まで行って提出してくるわ」
書き上げた婚姻届を文藝夏冬の社名入りのクリアファイルに挟みながら、しのぶは言った。
戸籍謄本さえあれば、どこの役所でも二十四時間体制で受領してくれるのだ。
「問題は——『結婚』したとしても、栞ちゃんがしばらくここから出られないことだわ。予備校のバイトは休んでもらうとして、困ったのはスーパーで撮られちゃったから、買い出しにも行けないのよねぇ」
しのぶは腕を組んで唸った。
「ここは本当に不便なんで、かなり買い置きしてますから、十日ほどやったら大丈夫やと思いますけど。……でも、なんで外に出られへんのですか?」
栞がきょとんとした顔になる。古湖社に対しては、神宮寺が新作を引き受ける代わりに「栞の記事」を差し止めることになったはずだ。
「無駄に高学歴のくせに——バカか?」
神宮寺がそれこそバカにし尽くした口調で言う。たとえ「契約」とはいえ、つい先刻【妻になる人】に署名した相手に対しての言葉とは到底思えない。
——関西人にとって「アホ」はまだ愛情を感じられるから言われても仕方ないなぁ、って思えるけど、「バカ」って言われたらめっちゃ腹立つしっ。
「古湖社は文芸部が週刊誌をなんとか抑え込むと言ってきたが、ほかの社にまた写真を撮られたらどうするんだ?そもそも文芸部のない媒体だったら、おれの力でもどうすることもできないんだぞ」
しかし、そう言われるとなにも言えなくなってしまう。この「契約結婚」は、神宮寺にとってメリットがないわけではないが、それよりもむしろ栞をマスコミから守るために考えられたものだからだ。
「とにかく、わたしはしばらく京都市内の夫の家にいるから、ほしいものはL◯NEで言ってくれれば、買って持ってくるわ」
そして、しのぶは夫のいる京都市内の家に帰って行った。
栞は——神宮寺と「夫婦」として、このログハウスに二人だけで篭って暮らすことになった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる