契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 3

契約 ②

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   神宮寺としのぶが同時に栞を見た。二人とも目を見開き、目の前でなにが起こったのか、とても信じられないという顔をしていた。

「栞ちゃん、あなた……知らなかったの?」

   震えるしのぶの声をかき消すように、神宮寺が大きく息を吐いたあと、言った。

「……ふつう、婚姻届には『戸籍名』を書くんじゃないのか?」

   超絶に不機嫌な声だった。

「ええっ⁉︎ 『神宮寺 タケル』って……ペンネームやったんっ⁉︎」

   栞はムンクの顔になっていた。

「うっわーっ、なんかショック~ぅ!『神宮寺 栞』って名前になるの、ちょっとカッコいいかも~!って、密かに思うてたのにっ!」

   すっかり心の声がダダ漏れしていた。

「……っていうことは……あたしはこれから、『本田 栞』っていう、わりと普通の名前になるんやっ⁉︎」

「悪かったな。ちっともカッコ良くない『わりと普通の名前』で」

   神宮寺は超絶をさらに超えた、史上最低最悪の不機嫌さを全開にしていた。

「つべこべ言わずに……早く書けっ!」

   ノベルティの「古湖文庫 秋の百冊」ボールペンが飛んできた。

   栞はひいいぃ…っという世にも哀れな悲鳴をあげながらそれをキャッチし、もしかしたら一生にたった一度かもしれない婚姻届の署名をすることとなった。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「……じゃあ、それぞれの戸籍謄本が送付されてきたら、わたしが最寄りの役所まで行って提出してくるわ」

   書き上げた婚姻届を文藝夏冬の社名入りのクリアファイルに挟みながら、しのぶは言った。
   戸籍謄本さえあれば、どこの役所でも二十四時間体制で受領してくれるのだ。

「問題は——『結婚』したとしても、栞ちゃんがしばらくここから出られないことだわ。予備校チューターのバイトは休んでもらうとして、困ったのはスーパーで撮られちゃったから、買い出しにも行けないのよねぇ」

   しのぶは腕を組んで唸った。

「ここは本当ほんまに不便なんで、かなり買い置きしてますから、十日ほどやったら大丈夫やと思いますけど。……でも、なんで外に出られへんのですか?」

   栞がきょとんとした顔になる。古湖社に対しては、神宮寺が新作を引き受ける代わりに「栞の記事」を差し止めることになったはずだ。

「無駄に高学歴のくせに——バカか?」

   神宮寺がそれこそバカにし尽くした口調で言う。たとえ「契約」とはいえ、つい先刻さっき【妻になる人】に署名した相手に対しての言葉とは到底思えない。

——関西人にとって「アホ」はまだ愛情を感じられるから言われても仕方しゃあないなぁ、って思えるけど、「バカ」って言われたらめっちゃ腹立つしっ。

「古湖社は文芸部が週刊誌をなんとか抑え込むと言ってきたが、ほかの社にまた写真を撮られたらどうするんだ?そもそも文芸部のない媒体だったら、おれの力でもどうすることもできないんだぞ」

   しかし、そう言われるとなにも言えなくなってしまう。この「契約結婚」は、神宮寺にとってメリットがないわけではないが、それよりもむしろ栞をマスコミから守るために考えられたものだからだ。

「とにかく、わたしはしばらく京都市内の夫の家にいるから、ほしいものはL◯NEで言ってくれれば、買って持ってくるわ」

   そして、しのぶは夫のいる京都市内の家に帰って行った。


   栞は——神宮寺と「夫婦」として、このログハウスに二人だけで篭って暮らすことになった。

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