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Chapter 1
報告 ④
しおりを挟む——ええっ?
『六月に結婚するはずやった康平がなぁ……あたしと同し部署の後輩と浮気しとってんやんかぁ』
婚約者だった野田は、大阪への出張に稍と同じ営業事務課で机を並べる後輩を連れて行ったのだそうだ。
どうしてそれが稍にバレたのか、栞が不思議に思っていると——なんと、出張先のホテルの客室で夜景をバックに、お互いバスローブを着て仲良くスパークリングワインで乾杯している姿を、当の後輩がイ◯スタでフォロワーのみなさんに大公開したらしい。
結局、「加害者」である彼らは針の筵の中でも堂々と居座り、「被害者」である稍だけが会社を去り、今は派遣で文具販売のネット通販会社へ行って働いていると言う。
——そう言えば、結花もよう似たこと言うてたなぁ。会社っていうところでは、ようある話なんやろか?
「……おねえちゃん、辛かったなぁ」
栞はしみじみとつぶやいた。
「……でもなぁ、おねえちゃん。あの人やのうてよかったんとちゃう?」
栞ははんなりとそう言って、ふふっと笑った。
「あのとき、あの人見てて『なぁんか違うなぁ』って思ったもん。あの人におねえちゃんは、もったいなかったわぁ」
稍が婚約を破棄してくれたおかげで、やっと正月に野田と会ったときの「本音」が言えた。
『……それで、栞ちゃん、大丈夫なん?一人でちゃんとごはん食べてる?』
やっぱり「姉」は相変わらずだ、と栞は思った。
——こんなときに早速、あたしの心配なんかしてどうすんの?
「大丈夫。一人やないから」
東京で一人暮らしをする稍に、迷惑をかけるわけにはいかない。しかも、今までのように安定した会社での正社員ではないのだ。
「今なぁ、あたし、ある作家の先生のアシスタントみたいなことしてんねやんかぁ」
たとえ「家政婦」の仕事であっても、こうして神宮寺に拾われて雇ってもらえたのはラッキーだった。
「その先生との取り決めで、名前はちょっと言われへんねんけど……でも、大丈夫やから」
そう言って、栞はふふっ、と笑った。
「せやから、おねえちゃんは心配しやんといて」
『わかった……せやけど、なんかしんどいことあったら、絶対言うてくるんやで』
稍はやっぱり「母親」のように言った。
「うん、ありがとぉ。おねえちゃんも、慣れへん派遣はたいへんやろうけど、無理したらあかんえ」
たとえ「娘」のように頼りない妹でも、これだけは、しっかりと言っておきたかった。
そして、栞はL◯NE通話を切った。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「……腹、減った」
二階から降りてきた神宮寺が、疲れ果てた声で言った。彼は自分の気が向いた時間に階下に降りてくる。
だから、食事する時間もかなり不規則な生活の下に組み込まれている。とりあえず、すぐに食べてもらえるおにぎりやサンドウィッチなどは「常備」するようにしていた。
「あ……はいっ」
栞は弾かれたように返事する。あわててスマホをエプロンのポケットに入れた。
しのぶはもうここにはいない。栞が身の回りの荷物とともに「移住」すると、入れ違いに東京へ戻って行った。
もしかしたら、その前に夫の佐久間が単身赴任する京都市内に「寄り道」しているかもしれないが。
——さぁ、「お仕事」やわ。
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