契約結婚はつたない恋の約束⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 1

報告 ③

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   物心ついたときにはすでに母親がいなかった栞にとっては、歳の離れた姉のややが「母」のようなものだった。

   祖母では気の回らないところは、必ず稍がフォローしてくれていた。
   友人たちとどこかへ遊びに行きたい時期にも、栞のために極力いつも家にいてくれたように思う。

   しかし、当然のことながら歳下の栞にその逆を務めることはできなかった。
   つまり、稍をフォローする人はだれもいなかったということだ。

   稍だって——まだ「子ども」だったというのに……

   よく姉妹にありがちな口ゲンカなんて、ほとんどしたことがなかった。
   けれどもそれは、お互いどこか顔色を伺いながら接していたということでもあるかもしれない。

   稍は結花が卒業した地元の名門女子大ではなく、偏差値がほとんど変わらない近隣の県の女子大を卒業した。神戸がある県だった。
   そして、卒業後は就職先を東京に定めた。

   そのとき、栞は驚きはしたが……

——おねえちゃん、あたしに構わず、好きなことしてええねんえ。

とも思い、どこかホッとした気持ちになった。

   だが、この六月に結婚することにはなっても、結局のところ三十五歳になるまで稍が独り身だったのは、やっぱり自分のせいでもあるのではないかと、栞は思わずにはいられなかった。

   だから、稍には自分のせいで子ども時代に我慢させたぶん、しあわせになってほしかった。


   父親には京都の実家以外に神戸に家があった。栞は物心つく前でまったく覚えてはいないが、母も一緒に家族でそこに住んでいたらしい。

   だが、阪神大震災に遭って、その家は倒壊した。今の家は、その後同じ土地に再建したものだ。

   ところが、せっかく家を再建したにもかかわらず、今回京都を引き払って移ると言いだすまで、年に何度か訪れるくらいで相変わらず一家は京都に住んでいた。

   今年の正月、稍が東京から「結婚相手」を連れて帰省する際、父親はなぜか『神戸の家で会う』と言った。

   連れてこられた「相手」はそこそこのイケメンで、仕事は証券会社では花形の営業マンだそうだ。同期入社ということで長い間「ただの同僚」だったらしいが、相手の男が稍に夢中なのはだれの目から見ても明らかだ。

   なのに、どう見ても稍からは結婚間際の人が放つ「幸せオーラ」がまったく感じられなかった。
(ちなみに、あのような結婚であっても、今の結花からはしっかりと感じられる。)

——おねえちゃん、本当ほんまにこの人が好きなんやろうか?

   もともと、物事にあまり執着するような性質たちではなく、淡々とやり過ごす人ではあるが……
   正直言って、栞には違和感しか感じられなかった。


『栞……びっくりしやんといてや。まだ、おとうさんは知らはらへんねけどな』

   突然、稍の声が改まったような気がした。

『実は、おねえちゃんなぁ……婚約破棄してん。ほんでな……今まで勤めてた会社も辞めてしもうてん』

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