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Chapter 1
報告 ②
しおりを挟む一通り拭き掃除を終えた栞は、神戸のポートアイランドにあるイ◯アで買った真っ赤なエプロンからスマホを取り出した。
ポーアイのイ◯アへは、結花から『「新婚家庭」で必要なものを揃えるために、どうしても一緒に来てほしい』と請われたため、一日だけ付き合ったのだ。
栞はL◯NEのアプリをタップすると、トークルームの【稍】をタップし、そして最後に【無料通話】をタップした。
木琴の音色をイメージした呼び出し音のあとに、ピッと音が鳴って、姉の声が聞こえてきた。
『……もしもし、栞?』
「おねえちゃん、今、大丈夫?」
栞はおずおずと姉に尋ねた。
『大丈夫やけど、どしたん?』
一日の仕事を終えたあとだからであろうか。その声には疲れが滲み出ていた。
いくら大手の証券会社に勤務しているからとはいえ、身寄りのだれもいない東京でなにもかも一人で賄っていくのはたいへんだろう。
しかし、意を決して告げる。
「あのなぁ……おとうさんが……」
どうしても、一拍ほど間が空いてしまう。
「再婚するって、言うてはる」
しかし、勇気を振り絞って告げたにかかわらず姉は、
『ん……おとうさんかってギリギリ五〇代やし、長いこと別居してはったし、仕方ないんちゃう?……栞ちゃんは反対なん?』
と、悠長なことを言っている。
たぶん老後のことなんかを考えて、同世代の女性とこれからの人生を歩んでいくのではないかと、脳内お花畑なことを夢想しているに違いない。
——まぁ、おねえちゃんには、まだなぁんにも言うてへんからなぁ……
「あんなぁ……再婚する相手がなぁ……結花やねん」
という栞の言葉に、
『……は?』
スマホの向こうで姉が固まるのがわかった。
結花が栞の小学生の頃からの親友だということは、もちろん姉も知っている。
そして、さらに衝撃的なことを告げねばならなかった。
「結花のお腹の中には……赤ちゃんがおるねん」
『な…なにやってんねやぁ……ええ歳してぇ……自分の娘と同し歳の子に手ぇ出してぇ』
姉の声は、呆れ果てた末のつぶやきになっていた。
しばらくの沈黙のあと、姉から尋ねられた。
『なぁ、結花ちゃんの親御さんは、なんて言うてはるの?』
「特におっちゃんがめっちゃ怒らはった。『子どもなんか堕ろしてしまえ』って言われたって、結花は家出して、泣きながらうちにやってきてん」
『そしたら、今、三人で暮らしてんのん?』
その問いには、栞の声がくぐもる。
「う…ううん……あたしが、うちを出たん」
『えっ?栞ちゃん、一人暮らししてんのん?』
八歳上の姉にしてみれば、妹の栞はいつまで経っても「子ども」のイメージだった。
『栞ちゃん、なんでもっと早う言うてくれへんかったん?』
——せやけど、言えばきっと、おねえちゃんやったらこう言わはる。
『栞ちゃん、東京においで。一緒に住も』
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