空の蒼 海の碧 山の翠

佐倉 蘭

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   湖の奥の向こう岸近くには、だれかが背を向けて立っていた。
   その者は両手にすくった湖の水を、まるで神に捧げるかのごとく、すーっと高く天に掲げた。

   そして、天に掲げたまま、手首を手前に向けて、ゆっくりとそれをわが身に滴らせた。
 腰の下まで伸びたまっすぐな髪が、太陽の光を浴びて白く光っていた。

   いや、「白く」光っているのではなく——もともとどんな色にも染まっていない髪の色だった。
   さらに、その者は皮膚の色も真っ白だった。

   ティーラの住む南島では、生まれたときから強烈な太陽の光にさらされているので、男も女も若いのも年老いたのも、みな赤銅色に日焼けしている。
   彼がこのような風体ふうていの者を見たのは、生まれて初めてだった。

——赤ん坊が飲む、乳の色だ。

   彼は思った。


   ティーラは湖の奥の方へ、バシャバシャと進んで行った。その者が、いったい何者であるかを知りたいと思ったからだ。

   途中で長身の彼でも足が湖底につかなくなり、そこからは勢いよく泳ぎ始めた。

   背を向けていたその者が、水音に気づいて彼の方へ振り返った。

   向こう岸に近づくにつれだんだん浅瀬になり、足が湖底につくようになった彼は、もうすぐだ、という気持ちとともにまたバシャバシャと、水を蹴るように歩き出した。


   ティーラの方へ振り向いたその者はあどけなさをじゅうぶんに残す、まだ少女といってもいいような華奢な身体からだつきの娘だった。

   娘は、突然目の前に現われた立派な体躯の若者に、虚を衝かれて一瞬目を見開いたが、すぐに彼の眼をまっすぐに見つめた。
   その瞳は、玻璃はりのように透き通っていた。

   ティーラの方が耐えかねて、思わず目を逸らした。
   だが、逸らした先が悪かった。目の前の娘はなにも身につけていなかったのだ。

   彼の目にはたちまち、ふくらみ始めたばかりの二つの真っ白な乳房が飛び込んできた。
   その刹那、彼の両頬がかつてないほど真っ赤に染まった。

   だが、たじろぎながらもどうしてもその周辺をさまよってしまうティーラの視線を受けても、娘は身じろぎもしなかった。
   それどころか、乳房はおろか、身体のどの部分も——淡く光るうぶ毛のような白い下生えですらも——決して手で覆おうとしなかったのだ。

   ただ、彼の顔だけをじーっと見つめていた。


   そのうちに、ティーラはこの娘は少し頭が足りないのではないかと思うようになった。

   彼は恐る恐る、
「……おれは南島からやってきたアガイティーラさ。親しい者はみな、ティーラと呼ぶ」
   彼女に云ってみた。

   彼女は口の中でもごもごとなにかを呟いた。どうやら、彼の名を繰り返しているようだ。

「おまえの名は、なんていうんだ?」
   彼は訊いてみた。

   すると、か細い声で、
「……チチ」
   彼女は答えた。

「チチ、おまえはこの北島に住んでいるのか?この島にはほかにもだれか住んでいるのか?ここに住む者はみなおまえのように真っ白な肌なのか?」
   彼は矢継ぎ早に訊いた。

   しかし、チチはそれにはなにも答えなかった。
   突然、くるりと後ろを振り向き、向こう岸の方へバシャバシャと歩き始めた。

   ティーラはあわてて彼女のあとを追った。

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