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⑥
しおりを挟む「なっ、なにを莫迦なことをっ……」
クガニイルはマヤーと顔を合わすたびに、他愛もない軽口ばかり叩いていた。
陽気で人懐っこい性質だとは思うが、どこまで本気にして相手をすればよいか、よく判らないところがあった。
だから、今もてっきりそうだと思った。
だけど、マヤーは彼の表情を見て、急に口ごもった。
クガニイルは、沖で彼女を後退りさせた、あの鋭い目をしていた。
「……島裏の網元の跡取り息子のあんたの家に、うちの網元の跡取り娘のあたいが、嫁になんぞいけるわけがないじゃないさ」
マヤーはあわてて目を逸らした。
「そんなことはどうにでもなるさ。おれが聞きたいのは、おまえの気持ちだ」
クガニイルは身を乗り出した。
「アガイティーラが好きなのか」
彼はもう一度、訊いた。
「……わからない」
マヤーは頼りなげに呟いた。
それが——正直な気持ちだった。
もちろん、ティーラのことは嫌いではない。
異性の中では、いや、両親以外では一番近しい存在だ。
確かに、ティーラが自分の両親に引き取られたときから、浜の人たちが行く行くは二人が夫婦になるであろうと心積もりしていることは、だれから聞かされるでもなく、なんとなく知っていた。
けれど、十五になったばかりのマヤーには、まだ遠い話のような気がした。
「……それじゃ、おれもまだ、諦めなくてもいいってことだな」
クガニイルはホッとしたように笑った。こんがり日焼けした顔に、真っ白な八重歯がこぼれた。
いつの間にか、やさしい目になっていた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
ティーラは北島の周囲を、海岸線に沿って泳いでいた。
海岸はずっとそそり立った岩壁が連なっており、とても島の中へ入っていけるような足場はなかった。
北島は、自分の住む南島から、幼い頃より朝となく夕となく、毎日見てきた島だ。
泳いで渡るには流石に骨が折れるけれども、舟を駆れば女であるマヤーですら難なく来られるほどの距離だ。
にもかかわらず、この島へ入ったことのある浜の者はどのくらいいるであろうか。
断崖絶壁が他者の侵入を阻んでいるこの島は、昔から人の住める島ではないと云われていた。
もともと南島よりもずっとずっと小さな島なので、人々からはとるに足らない島と思われていた。
やはり、島の内部へ入るのは無理か、そう諦めかけたそのとき——
ティーラの遠くまで見通せる目が、ある岩場の先に岩壁の上部へとつながる坂のようなものを見つけた。
すーっと岸に泳ぎ着き、岩場に上がった。
そして奥まで進むと、そこで彼が先刻見たものは、果たして壁の上へと導く坂道であった。
いささか急ではあったが、彼の迅る気持ちが勝った。
ティーラはそこを一気に駆け上った。
岩壁の上は、太古の昔より手つかずのままのような、荒々しい原生林たちが覆い繁っていた。
人間という天敵のいないそれらは、天上へも、そして、下界へも、縦横無尽に枝葉を拡げまくっていた。
だから、人が通るような道なんてあるはずもない。どちらの方へ行けば良いのかなんて、わかるはずもない。
打ち払っても打ち払っても戻ってくる、性質の悪い枝や葉に閉口し顔をしかめながらも、彼は前へ進んだ。
しばらくして、行っても行ってもしなだれかかってくる枝葉たちに、とうとううんざりしたティーラは、半ば腹立ち紛れにある枝を振り払った。
すると、不意に視界が開けた。
目の前には、池と云ってもよさそうなほど小さな湖水が広がっていた。
その池は、太陽の光を浴びて水面がキラキラと輝き、底まで透けて見えるほど清らかな水を湛えていた。
それまで、晴れ渡った昼間でありながら、辺りを覆い尽くす樹々が薄暗い陰を織りなす中を歩んできた。
そんな彼の目には、それらの支配をいっさい受けぬ湖が、一層明るく見えた。
ティーラは生き返った心持ちがして、泥にまみれた足で、水の中へバシャバシャと入って行った。
しかし、その足が突然止まる。
池の奥に——だれかがいたからだ。
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