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④
しおりを挟む不意に、泡の中から手が見えた。
ティーラはすーっと泳いでいって、その手をガチッと掴んだ。
自分の方へぐいと引き寄せると、クガニイルが泡の中から飛び出てきた。
クガニイルはゲボッゴボッと気泡を吐いて、顔を歪めていた。相当、息が苦しいようだ。なのに彼は、ティーラの手を振りほどいて、すぐに海面の方を見上げた。
どうやら、ほかの者の手は借りたくないらしい。
溺れる者は藁をも掴むという言葉どおり、助けに入った者に必死でしがみつくのが常なので、体格の良いクガニイルにそれをされたらどうしようか、とティーラは思案していた。
だが、それは杞憂となった。
二人は、一気に急上昇した。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
水面から顔を出した二人は、外界の空気を大きく吸った。
クガニイルはとたんに咽せ込んだ。
ティーラは周囲を見渡し、マヤーの姿を見つけると手を上げて振った。
それに気づいた彼女は、舟を操ってすぐに彼らの傍へ向かった。
「……クガニイル、大丈夫かい」
自分の舟に片手を置き、咳込み続けるクガニイルに、マヤーは心配そうな顔で声をかけた。
「舟に乗りなよ。岸まで連れてってやるさ」
すると、クガニイルの咳がピタリと止んだ。それから、彼はマヤーを見上げて、ぐっと睨みつけた。
その目に、彼女は思わず後退った。
クガニイルはピシャッピシャッと自分の頬を叩き、今度はティーラの方を見た。「勝負はこれからだ」とでも云いたげの、気合の入った鋭い目をしていた。
その目が、かなりの負けず嫌いであることを物語っていた。
ティーラは苦笑した。それが合図となり、二人は再び海中の人となった。
今度は二人とも、渦潮を避けて弧を描くような進路を取って、北島の海岸を目指して泳いだ。
また、追いつ追われつの争いになる。クガニイルは速かった。
ティーラは少しの気も抜けなかった。絶対に、先を譲りたくはなかった。
かなりの負けず嫌いなのは、ティーラも同じだ。
ティーラは生まれてこれまで、集落では負け知らずだった。
海を泳ぐのも、舟を操るのも、魚を獲るのも、なにをさせてもすぐにこなし、すぐに教えた者を追い越した。
大人たちですら、彼には一目置いていたのだから、幼なじみたちは二目も三目も置かざるを得なかった。
早くに父母を亡くし、網元の親方に養われていた彼は、身の程を忘れて横柄な態度をとるということを決してしなかった。
だから、周囲からは無口で謙虚な若者として好まれていた。
ところが彼自身は、いつもなにかもの足りない心持ちを抱えて日々を暮らしていたのだ。
ティーラは初めて、同い年の相手と全力で競っていた。
しかも、持てる力が互角のクガニイルと——
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
一進一退の、緊迫した状況は変わらず続いている。
にもかかわらず、彼の胸にはわくわくするような、それでいてゾクゾクするような不思議な心持ちが、じわじわと沸き上がってきていた。
一刻も早く、クガニイルよりも早く、目的地である北島の岸にたどり着きたいと、思えば思うほど——
——もっと、岸が遠ければいいのに……
そう感じてしまう心をどうしても抑えることができなかった。
ティーラは、生まれて初めて「手応え」というものを味わっていたのだった。
だが、かの海岸はもう目の前に迫っていた。
ティーラが感情に支配されていたその刹那、クガニイルがすぅーっと前へ出た。
いったん前に出て、そのまま勢いづいて引き離していくクガニイルの戦法は、中間地点を過ぎた辺りですでに経験していた。
はっと我に返り、気を引き締めなおしたティーラは、すぐさま隣に並んだ。
互いの泳ぎの力は拮抗している。だから、いかに最後まで息切れせずに泳ぎきれるかどうかが、甲乙を決めることになるだろう。
あとは、どれだけ相手より強く「負けたくない」と思えるか、だけだ。
二人は岸の突端に向けて、ほぼ同時に手を伸ばした。
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