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大詰
幕引〈伍〉
しおりを挟む「いや、謝るのは……某の方にてござる」
さように告げると、兵馬は膝を折って地面の上に正座をした。
「わ、若さま……な、なにをなさっておられなんし。お召し物が……袴が……汚れてしまうでありんす……」
美鶴はあわてて膝を進め、一刻も早く兵馬に立ち上がるよう促す。
だが、兵馬は「いや、構わぬ」と意に返さない。
「祝言を挙げた日以来、某はそなたとは顔も合わそうとせず、卑怯にも逃げ回ってばかりおった。武家の——いや、男の風上にも置けぬ所業でござった。面目のうござる」
正座した膝の上に置かれた握り拳に、ぐっと力が入った。その指先は白くなっていることであろう。
「正直を申すと……そなたと瓜二つの『妻』と相対しておると、そなたを重ねて見るだけでなく……いつの日か、情までも移ってしまいそうな心持ちがしたのだ」
そして、兵馬は神妙な面持ちで腰を折り、深々と頭を垂れた。
折られた腰から伸びる背筋はまったくたわむことなく、頭頂まで一直線だ。まるで一枚の檜の板のようである。
「此度のことは、ひとえに某が悪うござった。……どうか、赦してはくれまいか」
「わ、若さまっ、わっちのような者に止しておくんなんし。お顔を上げておくんなんし」
「……美鶴」
ようやく顔を上げた兵馬は、改めて我が妻の名を呼んだ。
「そなたは吉原におる時分より、あの同心と心を通わせ、いつの日か添い遂げたいと思うておったのではあるまいか。ゆえに……我が身を盾にしてまで、あの同心を庇い立てしたのであろうぞ」
されども、おのずと伏し目がちになる。
「それに、だからこそ……あの夜、某と約束した明石稲荷に参らなかったのではあるまいか」
「……あんまりでありんす」
美鶴は心外とばかりに異を唱えた。
「それこそ……若さまはなにを証にお云いでなんしかえ。わっちは吉原にいた頃には、広次郎さまのことなどつゆも存じておらでなんし」
「それは……本当でござるか」
まだ信じられぬ様の兵馬に、美鶴は大きく肯いてみせた。
「若さまと明石稲荷で逢う約束をしなんした大川の川開きの日の夜、わっちは必ず参ると決めていなんした。されども……」
あの夜のことが、美鶴の心の裡にまざまざと甦ってくる。
「わっちが若さまと逢うために向かおうとしなんした矢先、いきなり久喜萬字屋から着の身着のまま追い出されるがごとく駕籠に乗せられ、連れ出されなんしたんでありんす」
確かに、兵馬の命により調べさせられた吉原の面番所の岡っ引きも、舞ひつるが川開きの日を境にぷっつり吉原からいなくなったと云っていた。
「その連れて行かれた先が、北町奉行所の同心・島村さまの御家でなんし。しかも、その頃はまだ広次郎さまが島村さまの嫡男になっておらでなんしゆえ、出会うたのはしばらく経ってからでありんす」
「……それでは、同心の島村の家がそなたを吉原から『身請け』した云うことか」
「さぁ……わっちのような者には、なにも聞かされておらでなんしゆえ」
如何なる折も、美鶴はいつも蚊帳の外であった。
「それに、わっちは島村さまから祝言の相手は広次郎さまだと聞かされておりなんした」
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