大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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大詰

口上〈拾肆〉

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「そんでもって……淡路屋の大旦那が『どうにも納得がいかねえ』ってっておりやすんでさ」

   与太はさらに続けた。

「大旦那は『久喜萬字屋のような大見世の振袖新造ふりしんを、大枚はたいて身請けすりゃあ、だれだって世間に自慢しちまいたくなるもんなんだがなぁ』ってんでやす」

   現に、舞ひつると同じ振新の玉ノ緒おゆふを身請けした淡路屋は、世間には鼻高々だ。隠すそぶりなど、微塵もない。

「もしかすっと、なにかしら『裏』があるかもっうこって、舞ひつるが何処どこのどいつに身請けされたか調べさせなすったんでさ。したら……」

   兵馬はさらに、ずいっ、と身を乗り出す。

「どうやらてて親に落籍かれた、ってとこまでは判ったんでやすが……」

「いくら『親』が落籍くとは云え、身請けの金子きんすは大金じゃねぇか」

   親が娘を身請けする場合、身請金は破格の安さになる。うまくいけば半値ほどだ。それでも、娘を身売りするくらい金に詰まった親が到底払える金子ではないゆえ、滅多に聞く話ではない。

「舞ひつるの死んだおっさんは久喜萬字屋の呼出よびだし(花魁)だったんでやすが、父親ってのがどうもお武家のお方のようでやして……」

「あぁ、そうらしいな。だけどよ、武家にゃ御公儀おかみへの面目ってもんがあるのよ。んなことすりゃあ、組屋敷での外聞が悪うなって、隣近所へ顔向けもできなくなっちまわぁ。それに、武家だからってみなが皆、大金持ってるとは限らねえ。むしろ、商売しょうべぇやってる町家のもんの方が、貧乏侍よかよっぽど金持ちだってんだ」

   兵馬は腕を組んで考え込んだ。

「とならば……父親がおいそれと身請けなどできるはずもあるまいが……」

   知らず識らず、言葉が堅くなっていった。

「そいで、舞ひつるの父親を突き止めようと、さらに調べさせなすったんでやすが……」

兵馬は腕を解いて、かばりと身を起こした。

「父親は……何処どこ御家おいえの者だ」

「それが、どうやら……しつこく調べ回ってんのが、おかみに知られちまったようで……」

   与太の顔が口惜しさのあまり歪んだ。

「淡路屋を贔屓にしてなさる御武家様の筋から『横やり』が入ったんでやす」

   おそらく、これ以上嗅ぎ回るようなら淡路屋を「御用達ごようたし」から外すとでもおどされたのであろう。

「だもんで、父親の名は……とうとう判らずじまいでさ」

   流石さすがの淡路屋も町家ゆえ、相手が武家ともなれば手も足も出ない。


「……相判あいわかった」

   されども、兵馬は同じ武家である。 しからば、南町奉行所の力を使ってでも、とことん調べるまでだ。

——たとえ「北町」であろうと頭を下げ、助けを仰いだとて、一向に構わぬ。

「で、その横槍を入れた『御武家様』とやらは、何処の何奴だ」

   兵馬はにやり、と笑った。口を挟んでくる、と云うことは、舞ひつるの父親に関わりがあるゆえであろう。

   飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。其処そこを手掛かりに探っていけば、必ずや辿たどり着けるに相違ない。

「へぇ、その御殿おとの様は……」

   『御殿様』と云うことは、国許くにもとの藩主、つまり「大名」である。

——参ったな、「殿様」か……

   兵馬は奉行所で御役目をいただく身であるとは云え、所詮町方役人である。大名が相手では、いくらなんでも荷が勝ちすぎる。

「御屋敷が……青山緑町にあるそうでさ」

   その刹那、兵馬の両のまなこが、カッと見開かれた。

「青山緑町、だと……」

「へ、へぇ……確かに、淡路屋の大旦那はそう云ってなすったでやす」

   の地に居を構える大名と云えば——

「……『御前様』」

   安芸国・広島新田しんでん藩の三代藩主、浅野 近江守おうみのかみに他ならなかった。

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