大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

文字の大きさ
上 下
112 / 129
大詰

口上〈拾〉

しおりを挟む

れは……久喜萬字屋の振袖新造ふりしんの『舞ひつる』でなんしかえ」
   おゆふは、きょとんとした顔で訊き返した。

   兵馬は一つ、肯いた。

「さすれば……相も変わらず吉原さとの見世にりなんしではないのかえ」

「それがよ、まるで神隠しに遭っちまったみてぇに、吉原からぷっつりと姿を消しちまったのよ」

   とたんに、おゆふの切れ長の目が見開かれる。

「わっちは淡路屋へ嫁入ってからは、おさととはすっかり断ってしもうてなんしゆえ……」

   童女のごとく邪気なきさまからみるに、おゆふはまったく知らなかったらしい。

   そこへ、茶を携えた茶汲み女がやってきた。
「へい、お待っとさんでやす」
   茶汲み女は胡座をかいて座す兵馬の前に茶を置くと、すぐに下がっていった。

   兵馬は前に置かれた湯呑みを手にし、中の茶をぐいとあおった。

「久喜萬字のお内儀っかさんにはお会いなんしたか」

「もちろん、うたさ」

   実は手下の伊作や与太だけでなく、あれから兵馬もまた御役目の合間を縫って久喜萬字屋へ出向いていた。

「お内儀っかさんは、舞ひつるは今何処いずこに居りなんしと云うてなんしかえ」

「お内儀かみはよ、『ちょいと具合を悪うしちまって、養生のためにしばらく余所よそへやってる』の一点張りなのよ」

   お内儀は頑として同じ返事であった。

「じゃあ、『いつけぇってくるんでぇ』って訊いたらよ、お内儀は『いつ具合が良うなるかは舞ひつる次第』って云いやがってよ。それに、おれがあんまりしつこく訊くもんだからさ……」

   兵馬は少々気まずげに、その整ったかんばせを歪めた。

「『若さまはなぜ、そないにも舞ひつるの行方を知りたいのか』って、お内儀から逆に訊かれちまってよ」

「まさか……あの頃の若さまは……わっちだけやのうて、舞ひつるとも逢引きしなんしてたのかえ」

「お、起っきゃがれっ。人聞きのりぃこと云うんじゃねえよっ」

   兵馬は思わず声を荒げた。

「おれがおめぇと示し合わしたのは、明石稲荷でうたあの最後の一日こっきりじゃねぇかよっ」


   あの頃、久喜萬字屋の二階から往来を行く兵馬の姿を見かけると、「玉ノ緒」は偶々たまたまを装い見世の外までいそいそと出て行った。妹女郎の禿かむろのうち、口が固くてしっかり者がその「供」となった。

   兵馬と面と向かっても、物陰に隠れて二言三言交わすくらいであったが、流石さすがは吉原の振袖新造ふりしん手管てくだである。

   見世では御法度である我が「真名まな」を名乗り、
『わっちのことは『おゆふ』と呼んでおくれなんし』
と、いとけなき面持おももちで乞い願った。

   さような中、玉ノ緒が淡路屋に身請けされることが決まると、どうしても我が胸のうちを兵馬に告げねばと云う心持ちが抑えきれなくなった。

   そこで、いつも供にしている禿を遣わし『後生でありんす』と云わせて、渋る兵馬を尻目に半ば無理矢理約束を取りつけさせ、明石稲荷で「逢引き」したのだ。


「若さまは……」

   おゆふの切れ長の目に、うつろな影が差した。

「舞ひつるとは、幾度も逢引きしておりなんしたか……」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...