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大詰
口上〈捌〉
しおりを挟む「なんだとっ」
兵馬が目を見開いて、身を乗り出す。
「あっしゃぁ、おったまげっちまってよ。久喜萬字屋のお内儀にも訊いてみたんでやす。そしたら、お内儀は、『舞ひつるは、ちょいと具合を悪うしちまって、養生のためにしばらく余所へやってる』っ云ったんでげす」
伊作がさように話すと、茶を淹れて持ってきた下っ引きの与太が口添えする。
「おいらが訊いた見世の若けぇ者は、『舞ひつる姐さんが具合悪うしてたなんて、見世の者はだれもとんと気づかなんだ』っ云ってたんでさ」
下働きのおなごは、歳の近い与太と話すうちにずいぶんと打ち解けてしまい、あないに見世から口止めされていたにもかかわらず、つい口を滑らせていた。
——まさか、行方知れずとは……
兵馬は懐手をして考え込む。
確かに、この我が目にも、あの時分の舞ひつるに具合の悪い処なぞ、欠片も見えなかった。
「……若さま、ちょいと理由でも拵えて、久喜萬字屋の旦那とお内儀をしょっ引きやすか」
伊作が気を利かせて促す。
「いや……おれには、まだそないな力はねえよ」
いくら「南町奉行所・筆頭与力の御曹司」とは云え、兵馬はまだ「見習い与力」だ。ただでさえも、さしたる証もないのに、岡っ引きや下っ引きを手前勝手に動かしているのだ。
ましてや、まだ咎人かどうかも判らぬ者をしょっ引いて尋問するなぞ、決して赦されることではあるまい。
——ならば、如何にしようものか……
しばし、兵馬は考え込んだあと、再び口を開く。
「なぁ、おめぇさんらには悪ぃが……もう一つ、頼まれてくんねぇか」
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
大通りにある賑やかな店々を抜けて、兵馬は奥まった細い通りにある水茶屋を目指していた。
まばらな人通りの中、すれ違った商家の手代のような者たちを交わしつつ、先を急ぐ。
御役目が非番の本日は、腰には二本差しの刀を手挟んでいるとは云え、袴をつけぬ身軽な着流し姿であった。
「ちょいと、御免よ」
暖簾をパッと払って、水茶屋の内へ声をかける。
「へぇ、らっしゃい。何人さんで」
縞の長い前垂れ(前掛け)をした茶汲み娘が出てきた。
「二人だけどよ。……伊作から聞いてっかい」
兵馬がさように告げると、
「あっ、伊作の親分さんの……」
合点がいった茶汲み娘が肯いた。
「へぇ、お連れさんはもうお越しで、一番奥でお待ちんなっておりやす」
兵馬は店の奥の方へ目を遣った。すると、一番奥の小上がりから若いおなごが、ひょいと顔を出した。
羽振りの良い商家の若女将であろうか。一目見てたいそう値の張るに違いない綺麗な着物を身につけていた。
おなごは兵馬の顔をみるなり、まるで大輪の牡丹が花開いたかのごとき笑顔を見せた。
兵馬は、引き寄せられるようにおなごの許へと駆け寄った。
「待たせたな……おゆふ」
兵馬はおなご——「玉ノ緒」に声をかけた。
「若さま……ようやっと……わっちを、その名で呼んでおくれでなんし」
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