大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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大詰

口上〈弐〉

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   兵馬は怒りを鎮めることなく、初夜の床で「妻」を手荒に抱いた。

    女を抱くのは初めてではない。見習い与力として奉行所に上がった当初、先輩与力に「浮世世間を知れ」と云われて岡場所へ連れて行かれ、幾度かおんなを買った。

   だが、花街の手慣れた玄人ではなく、市井の手慣れぬおなご・・・を抱くのは初めてだった。


   「妻」となった者は、たとえ好いた男がいようと、やはり「武家の娘」である。

   生娘であった。

   兵馬によって無体にの身を暴かれ、額に脂汗を浮き出せながら歯を食いしばって耐えている。
   知らず識らず、兵馬の腕を握りしめる其の指が、夜目にも白くなるほど力が込められていく。

   されども——

   兵馬は、己が開いたばかりの其のか細い隘路あいろを、穿うがち続けるのをめることはできなかった。

「……ひ、ひろ次郎じろう…さ…ま……」

   かすれた声で「妻」はつぶやいた。

——この期に及んで……まだ、好いた男の名を呼び……助けを求めるか。

   胎内なかに収めていた己の動きを、びたり、と止めた兵馬は「妻」を見下ろした。

「そちは……」

    未だかつて、出したことのない冷え切った低い声だった。

「この期に及んで……まだ、ほかの男の名を申すか」

    相手を突き放すようにして我が身を引き離し、手許の寝間着を引っ掴んで手早く袖を通す。

「興がめた。とっとと部屋へ戻れ。……明日からはもう二度と、それがしの寝間に来るでない」

   吐き捨てるように云い放ったが、

——そう云えば……まだ顔を見ておらなんだな。

   思い直して、暗闇の中で行燈あんどん手繰たぐり寄せ、火打ち石と火打ちがねをカッカッと打ち鳴らして火をおこす。

   御用で夜に駆り出される折には、夜目が利かねば仕事にならぬゆえ、兵馬にとっては造作もないことであった。

   それから、ともした行燈を「妻」のかんばせに向ける。

   そして、夜目に浮かび上がってきたその顔は……

「そ、そちは……もしや……」

    兵馬は驚きのあまり、目を見開いていた。

——そなたが……なにゆえ、此処ここに……

   江戸が夏を迎える大川(隅田川)の川開きの夜、最後に二人で逢おうと云う約束を果たせぬまま、突如として吉原から姿を消したゆえ……

   今生の別れになってしまったと思っていた……

   久喜萬字屋くきまんじや振袖新造ふりしん舞ひまいつるであった。

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